ローストビーフ小話

※時系列は海から帰った後あたりです。


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 ちょっといい牛モモ肉の塊が手に入った日は、ごちそうです。

 下味を付けたモモ肉を塊のままフライパンに載せ、表面全体に焦げ目がつくまでしっかり焼きます。

 厨房で大きなお肉と格闘していると、


「ここにいたのか」


 いつもより早い時間に帰宅したシュヴァルツ様が顔を出す。


「おかえりなさいませ」


「玄関まで旨そうな匂いが漂っているぞ、今日はステーキか」


 フライパンの塊肉にジュルリと舌舐めずりする猛獣将軍に、私は苦笑を返す。


「残念、このままでは完成じゃないのですよ」


 言いながらこんがり焼色のついた塊肉を火から下ろす。


「今日はローストビーフにします」


「ほう」


 興味深げに手元を覗き込んでくるシュヴァルツ様に、私は説明する。


「全面焼いたお肉を蓋付きの耐熱皿に移して、オーブンに入れて更に弱火で30分ほど焼きます。各ご家庭でレシピは色々ありますが、私はお肉と一緒にジャガイモや人参などの根野菜を入れて蒸し焼きにするのが好きです」


 野菜を入れると付け合せも同時に作れるので、一石二鳥です。

 重い耐熱皿をシュヴァルツ様に手伝ってもらいながら、薪を遠火にしたオーブンに入れる。


「これで、30分待てば完成か?」


 はやる気持ちでそわそわとオーブンを覗き込むシュヴァルツ様に、私は神妙な面持ちで首を振る。


「まだです。焼き上がったら火を落として、更にオーブンが完全に冷めるまで放置します」


 その言葉に、彼は「なっ!」と叫んで色を失くした。


「こんな旨そうな物が目の前にあるのに、まだお預けを喰らうのか。一体、どれくらい待てばいいのだ?」


「ええと。1、2時間くらいですかね?」


「拷問か!!」


 いえ、ただの余熱調理です。


「うぅ、我慢できん。焼色のついた箇所だけでも削いで食ってしまおう!」


「シュヴァルツ様、こらえてください。そんなことしたら、せっかく閉じ込めた美味しい肉汁が流れ出ちゃいますよ!」


 オーブンを開けようとする家長の暴挙を、使用人が必死に押し止める。


「むぅ。前線では、焼く・即・食う、だったから、時間の掛かる料理は性に合わんな」


 拗ねて調理台に肘をつくシュヴァルツ様に、私は苦笑しながら紅茶を淹れる。


「私は時間の掛かる料理は嫌いじゃないですよ」


 彼が紅茶を飲んでいる間に、私は肉の表面を焼くのに使ったフライパンにニンニクやコンソメ、塩コショウにワインを入れて煮詰めていく。


「オーブンに入れている間にグレービーソースを作れますし、パンや副菜の準備もできます。それに、放置しているだけで美味しくなってくれるなんて最高じゃないですか」


 ニコニコと言う私をシュヴァルツ様はちょっと不思議そうに見つめてから……ふっと目尻を下げた。


「ミシェルは俺にない視点を持っているな」


 紅茶を呷り、大きな息をつく。


「目先の欲に飛びつかず、堅実に物事を進め、確実な成果を出す。軍師に向いてるかもな」


「そんな……」


 たかが夕飯のメニューで天下の大将軍に兵法の才能を見出されても困ります。


「ミシェルがいれば、この家は安泰だ」


 微笑むシュヴァルツ様に、私も笑みを返す。


「それほど大層なものではありませんが、お屋敷の快適さは護れるよう努力します」


 ぺこりと頭を下げて、寛ぐシュヴァルツ様をそのままに私は夕飯作りに戻る。

 ……うちのご主人様はいつも過分に褒めてくれるから、ちょっと困ってしまって……かなり嬉しい。

 ともすればにやけそうになる頬を引き締め、パンの仕込みを始める。

 シュヴァルツ様は私が軍師に向いてるって言ってたけど……。

 多分、軍師が才能を発揮できるのは、信頼できる司令官が居てくれてこそですよ。


 ――余談ですが。

 一般家庭ではローストビーフは数日掛けて食べるものですが、ガスターギュ家では一日で消費します。(なんなら、足りないくらいです)

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【こぼれ話置き場】売られた令嬢は奉公先で溶けるほど溺愛されています。 灯倉日鈴 @nenenerin

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