【こぼれ話置き場】売られた令嬢は奉公先で溶けるほど溺愛されています。
灯倉日鈴
バレンタイン小話
投稿日がバレンタインデーなので、チョコレートの話です。
時系列は星繋ぎの夜会が終わった頃。
※付き合ってません。
───────────────────
冬の夜は嫌いだった。
薄い毛布に包まって、震える膝を抱える自分があまりにも
でも、今は……。
◆ ◇ ◆ ◇
「ああ、面白かった」
私はしっとりとした感動を胸に、革張りの表紙を閉じた。
読書家のゼラルドさんにお薦めされた本を、ここ数日ベッドに入って眠るまでの間に少しずつ読み進めていたのだけど。
とうとう今夜、読破してしまったのだ。
明日も早いからもう寝なきゃならないのだけど、胸の奥に興奮が
「そうだ」
私は名案を思いつき、ベッドから降りた。
オイルランプを片手に極力足音を押さえて一階に下りると、厨房に滑り込む。
貯蔵庫の戸を開けると、大きなガラス瓶に入ったミルクを取り出した。使うのは、マグカップ一杯分。
もうグリルの火は落としてしまったから、片手鍋に注いだミルクはオイルランプで温める。
「そろそろかな」
湯気の立ち始めたミルクに、次の材料を準備しようと振り返った……瞬間!
私は「ひぃっ」とひきつった悲鳴を上げた。だって私の背後には、いつの間にか山のような黒い影が鉈を持って立っていたから!
黒い影はランプの灯りが届く距離まで近づくと、
「なんだ、ミシェルか」
と拍子抜けな声を出した。影の主は勿論、
「シュヴァルツ様……」
だ。
「どうしたんですか? こんな夜中に」
私の質問に、彼は飄々と答える。
「一階で物音が聞こえたから、賊なら仕留めようと思ってな」
いきなり狩らないでください。
因みに鉈は、暖炉の薪割り用です。
それにしても、暗闇のシュヴァルツ様は迫力がありすぎて、心臓が止まりそうになりました。……まあ、物理的に止められそうな危機でもあったのですが。
「で、何をしているんだ?」
鉈を調理台に置く彼に、私は肩の力を抜く。
「寒いので温まろうと思いまして。シュヴァルツ様もいかがですか?」
私の誘いに、彼は「ほむ」と頷きスツールを引いた。
頬杖をついてランプの揺れる灯を眺めるシュヴァルツ様の横で、作業再開。
鍋にマグカップもう一杯分のミルクを足して、沸騰寸前まで温める。それから製菓用のチョコレートを一欠片、細かく砕いて投入。最後にシナモンスティックでかき混ぜて完成。
「どうぞ。ホットチョコレートです」
差し出された薄茶色の液体の満ちたマグカップに、シュヴァルツ様は顔を近づける。
「甘い匂いだな」
一口飲むと、ほうっと息をつく。
「美味い。柔らかい甘さで腹の奥から温まっていくようだ」
「ブランデーを入れても美味しいんですよ」
私はすかさず調理用のブランデーの小瓶を出す。
定番のトッピングはマシュマロなんだけど、今日は切らしているから、私はそのまま飲みます。
真夜中に、暖房器具もない厨房で二人だけの静かなお茶会。
「こんな時間に独りでうろつくな。あと、美味いモンを飲み食いする時は俺を呼べ」
「すみません」
「謝ることじゃない」
アルコールが入って頬の赤くなった彼に、私の顔もなんだか熱くなって、口許が綻ぶ。
冬の夜は嫌いだった。
でも今は、違う。
あなたが傍にいると、いつだって温かい気持ちになれるから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。