3.シミャク(58)
私が子供の頃はまだ各地の集落に活気があり、そこを渡り歩く行商人が年に何回かやってくる事があった。ここでは作ることのできない食べ物や菓子や服や旧時代の宝などを山ほど抱えて持ち込む彼らは子供たちにとっても大人たちにとっても英雄だった。
とりわけ私が楽しみにしていたのが彼らの語る話だった。生まれた時から地下都市に篭って暮らし育つ子供たちにとってはすべてが耳新しく、空想を無限に膨らませた。
「お前らー、分かってると思うけど無闇に外にでちゃダメだからなー。俺なんかはこの原動機付小型船があるからなんとかなるけど、ひよこみたいなお前らがヨチヨチ歩いてたら、すぐにあの砂漠の怪物たちに攫われちゃうからな」
「こわーい」「分かったー」子供達が口々に答える。
「ねえ、でもなんで砂漠の怪物はずっと砂漠から離れないのー?」
「さあ……俺がガキだった頃からあの怪物はずっと砂漠に住み着いてるからな。でも、知ってるか?あいつらさ、元々は侵略種を駆除する為の搭乗兵器に乗る人間だったんだって。しかも昔は3体いたんだ」
「トージョーヘーキってなにー?」
子供たちが問いかける。
「搭乗兵器っていうのは……旧時代の……大昔の文明が作った……こう……何かを倒したり壊したりするために作った機械だよ」
「キカイってなにー?」
「ああもう。お前ら何にも知らなすぎるぞ。まあもうなにも残ってないんだから仕方ないけど……機械っていうのはアレだよアレ、丘の向こうに油の湖があるだろ。あの中にいっぱい沈んでるやつだよ。あとたまに砂の中から出てくるやつ。俺の小型船はそいつらの死骸を改造したものなの」
「スナノナカってなにー?」
「お前らわざとやってるんだろ」
子供たちに取り囲まれた行商人の話をもっと深く聞きたかったけど、みんなすぐに横入りしたがるものだから話がすぐに横に逸れ、話題はとっ散らかった。私は砂漠の怪物の事を知りたくてたまらなかった。怪物は集落と集落の間に広がる砂地をいつも彷徨いている。普段はのっそりとした動きだが、侵略種が出現した時の動きはおそろしく機敏で残酷なほど獰猛だった。怪物を直視すると災いが起こると昔から散々大人たちに脅されていたが、私はこっそり地表近くに作った秘密基地から顔を出し、旧時代の遺物を使って遠くを眺めている日にはよく彼らの様子を観察していた。
行商人とゆっくり話をする機会を伺っていたけど、なかなかチャンスは巡ってこない。ようやく束の間話せたのは彼が出発前の支度をしている時だった。
「砂漠の怪物は、もともと人間だったって事だよね」
「うん?ああ、そうらしいよ。俺もただ聞いただけの話だけどな。」忙しなく荷物をまとめながらこっちも向かずに答えていく。
「その話は誰から聞いたの」
「誰だったか……ああ、そうだ。俺が昔暮らしてたコミューンにいた知り合いだよ。色んな事を知ってて面白い奴だったけど、いつしかふさぎ込んじまってさ、今みたいに葉っぱも各地に普及してなかった頃だから悪くなる一方でさ。俺がコミューンを出る前に死んじまったんだ」
「そっか……お気の毒だね。葉っぱさえあったらよかったのにね。それで、怪物は元々私たちと同じだったって事?大きさとかも一緒?」
「そりゃそうだよ人間なんだから。今じゃ山ぐらいの大きさになっちゃったけどな。はは、お前は山を知らないか」
「それがどうして今の大きさになったの」
「そいつらはさっき言った兵器に乗って戦ってたんだ。まあ…‥なんていうか、体を大きくしてたんだと思えよ。それがいつからか出てこられなくなったらしい。仕方がないからそのまま暮らしてたらしいが、あいつらよく空から降ってきたバケモノ殺した後食ってるじゃん?あんだけデカいもん食ってたらそら体も大きくなるよな。だから今みたいな怪物になったって話らしいぜ」
旅慣れた行商人の手際は良すぎて、まだまだ聞きたい事があったのにもう出発の時間となった。
「もっとたくさんお話聞きたかった」
「悪いなあ、急いで次の街に行かなきゃならないんだ。今度会った時またな」
「ねえ、これだけ最後。……怪物が3体いたってほんと?」
「本当だよ。さっき言った知り合いは怪物の事をいつもあいつらってまとめて呼んでたんだ。じゃあな、元気で」
季節がいくつ巡っても、彼を次に見る事はなかった。
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