第4話 愛しのノアは今日も可愛い

 

 だって、ヒロインが入学してくるのは高等部からだ。それなら、私だって初等部から入学しなくてもいいのではないか。現在、婚約者候補だとしても、なかなか表舞台に出て来ない者をいつまでも候補の筆頭にしておくのか……、少なくとも私ならしない。

 社交の場に出てこない者をそのままにしておく利点が少ない。スコルピウス公爵家との結び付きを強めたい、という理由なら別だけど。 

  

 

 悩んでいると、コンコンと控えめに扉を叩く音がした。返事をすれば、扉からぴょこっと天使が顔を覗かせた。

 

「ノア!!」

 

 可愛い弟の姿に笑顔になる。

 

「アリアちゃん、だいじょう──」

 

 大丈夫? と言いかけたノアだが、目を開いて固まった。そして、黄金の瞳に涙をいっぱいに溜めて口をパクパクと動かしている。

 

「どうしたの? こっちにおいで」

 

 お風呂に入ってないから臭い、とかじゃないよね? と不安になりながらも、ノアに手招きをする。 

  

 今にも泣き出しそうな顔をしていたノアは、その言葉を聞いた瞬間、駆け寄ってきた。ベッドによじ登るとギュッと抱きついてくる。

 私が階段から落ちたのが余程怖かったのだろう。私にしがみついたまま、わんわん泣いている。 

 まだ4歳だが、しっかり者のノアはほとんど泣かない。泣くのは大概私が怪我をしたり、落ち込んでいる時だけだ。  

 

 

 優しく頭を撫でながら抱きしめる。落ちた時、近くにいたなかで魔術が使えるのはノアだけだった。だから、きっとノアが必死に助けてくれたのだろう。

 

「心配かけてごめんね。助けてくれて、ありがとう」

 

 だが、ノアは違うと首を振り、私に抱きつく力を強くした。

 

 

「ぼく、何にもしてない。ねぇ、アリアちゃん。おめめ、どうしたの? おじいさまと一緒になっちゃった……」

「えっ? お祖父様と一緒?」

「真っ赤だよ」

「でも、誰もそんなこと……」

 

 そう、私をお世話してくれたメイドさん達は何も言ってなかったのだ。慌てて手鏡を出して覗き込めば、ルビーのように紅い瞳が映し出された。

  

「わっ、紅い……」

 

 なぜ? と思うのと同時に、ゲーム内のノアが魔術を使う時だけ瞳が朱く染まる設定だったことを思い出す。

 

 ノアの朱とは別の赤色がだけど、まさか私も魔術が使えるようになったってこと?  でも、悪役令嬢として登場したアリアは魔術を何も使ってなかった。それに、瞳の色も紅ではなく黄金だった。

 

 記憶を思い出したことで何かが変わった? 

 

 

「アリアちゃん、大丈夫? やっぱり、どこかいたいの? それとも、おめめが変なの?」

 

 私が考え込んでしまったことで、ノアが心配そうに瞳を揺らす。

 

「ううん。どこもいたくないよ」

「よかったぁ。ぼく、アリアちゃんが死んじゃったらって、本当に怖かったんだ。アリアちゃんが死んだら、ぼくもうダメだよ。絶対に死なないでね……」

「大好きなノアを残して死んだりしないよー」

 

 

 か、可愛いー!! こんなに可愛いんじゃ、ブラコンになるのなんて当然だよね。

  

 ……あれ?

 これって、すでにノアの死亡フラグ立ってる? ノアは大好きな姉のために復讐しようと禁断の魔術に手を……。

 もしかして、私がノアと仲良くするとノアが危険になるんじゃ。

 

 気付いてしまった。薄々そうじゃないかな、って思っていたけど、気が付きたくなかった。

 世界で一番可愛い、大好きなノア。アリアちゃんって抱きついてきてくれる私の天使。仲良くすることでノアを不幸にするだなんて……。

 

 

 仲良くなりすぎてはいけない。大好きだけど、大好きだからこそ心を鬼にしなくては!!

 

 よしよしとノアの頭を撫でながら、脳をフル回転させながら考える。

 

 少しずつ距離を置くためにも、まずは一緒に寝るのをやめてみようかな。

 

 すっかり仲良し姉弟になっていた私たちは毎晩私がノアに絵本を読んであげた後に手を繋いで寝るのが習慣になっていた。

 ノアの温かくて柔らかい手は私の癒しだ。正直、ものすごく手離したくない。

 

 だが、決心した私は泣く泣くノアに切り出した。

 

「ねぇ、ノア?  ノアももう4歳でしょう? 今日からは一人で寝てみようか」 

「やだ」

 

 しかし、間髪いれずに断られた。鼻をぐずぐずさせながら、更に力を込めてギュッと抱きついてくる。

 

「でも、一人で寝れたらかっこいいよ」

 

 優しく傷つけないように声をかける。

 それを聞いたノアは少し考えると思ってもみなかった返事をした。

 

「アリアちゃんは僕と寝るのがイヤなの?

 僕のこと嫌いになっちゃった?」

 

 涙で潤んだ瞳に私の胸はズッキューン!  と撃ち抜かれた。

 仲良くなりすぎては駄目だけれど、嫌われたくない。本当は一緒に寝たい。甘やかしたい。大好きなんだもん。

 

「そんなことないけど」

 

 相反する気持ちから、なんとも素っ気ない返事をしてしまった。けれど、それを聞いたノアはパッと表情を明るくした。

 

「じゃぁ、今日も一緒に寝ようね!!」

 

 満面の笑みを見せたノアに、距離を置く作戦自体が無理だったのだと私は悟った。 

 だって、私自身ノアが大好きだし、ノアも私のことが好きなのだから、この作戦が成功するはずがない。

 

 ノアとの仲はこのままでいいことにして、初等部に行かないことと、レオナルド王子の婚約者候補を辞めたいことを両親に話すことにしよう。

 

 そうと決まれば、早速お父様とお母様に会わないと。でも、今は全力でノアをでよう。こんなにも愛らしいのだから。

 

 ノアの可愛さに瞳の色が変わったことをすっかり忘れ去った私は、ノアを全力で満喫したのであった。

 

 

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