第三十七話 仇敵の葬式

~ミーリィ達がファレオの本部から出立した日から数日前の話~






 ダスさんと一緒に食事を取った後、目的の物品を買い終えているのでわたし達はファレオの本部に帰るところだ。


「いっぱい買いましたねー」


 そう言って両手に持つ重たい袋をぶらぶらと振る。食料や道具の入った小袋ががさがさと音を立て、軽快な音楽を奏でる。

 旅は確実に数十日に及び、またボリアで取り扱う物品の品揃えが非常に良い為に、今のうちに買えるだけ買っておこう、という寸法だ。


「このくらい買っておけば、食料はヴァザンまでは持つだろうな」

「まあ全部干し肉とか干し野菜とかなのは物足りないんですけど——って」


 視線を前に向けると、大通りに人だかりができていることに気付いた。まるで大通りに人を通さないような壁のように、隙間無く人々が道に沿って立っている。


「何です、あれ? それにあんまり賑やかじゃ無いですね」


 ボリアは都市内だけで無く都市外から来る客も多いこともあり、定期的に大通りで行事が開かれている。例えば「ゴーノクルの酒の祭典」だったり「バイドーグシャの遺物市場」だったり、そういった人々が楽しめる賑やかな行事で——

 だからこそ、この静粛な雰囲気が奇妙に感じられた。明るいボリアには似合わない、静かで、どことなく暗い雰囲気であった。


「ちょっと見てみません?」

「ああ、思ったより時間が掛からなかったし、折角だから見ておくか」


 わたし達は歩を進め、大通りの人の壁に着く。お互いの身長の高さもあって人の壁に邪魔されること無く大通りを見ることができ——


「あ」

「あ」


 いくつもの棺が運ばれていく様子が目に入った。丁度わたし達の眼前を先頭の棺が横切っていったのだが、

 それが意味することは、簡単に察せられる。


「……帰ります?」


 色々と気まずかった。ポン君や他のゲロムスの魔術師達を守る為だったとはいえ、自分達の手で殺した人の葬式を見るのは。

 それに、ここにいる人達は、恐らくジャレンさんの恐ろしさを知らない——清廉潔白なジャレンさんしか知らない人達だ。彼の本心がどうあれ、確かに彼は人々の為になることをしてきた人物で、だからこそ彼らに申し訳が立たない。


「……いや、見届けたい」


 ——見届けたい。含みがあるような言葉でダスさんは答えた。神妙な面持ちで、正面を過ぎ行く棺を見送っている。


 葬式はヘローク教団の方法に則って行われる——のだが、その種類は多岐に渡る。

 火葬、鳥葬、風船や花火で遺体を空へ飛ばす、強風の日に遺灰を撒いて風に乗せる、山頂に柱を刺して遺体を括り付ける——今目の前で行われているのは、塔墓とうぼの中に遺体を安置する方法だろう。


 確か、ネドラ派は信仰に於いて魔腑を最も重視していて、人体と魔腑が揃って初めて天に還る権利を得られると考えるから、火葬や鳥葬などのような折角手に入れた魔腑を失うような方法は取らず、天に近い塔の中に遺体を安置する方法を取った——という理由だった覚えがある。

 まあ、ネドラ派の中でも別の方法を取る人がいるのだけれど。


 棺の大群が向かう先は、方向的に駅だろう。列車に乗せられ、帝都ザラオスの塔墓に安置される——といったところか。


 わたしもまた、天に還るであろう人々の棺を見送った。

 彼らには色々とされたので少々複雑な気持ちではある。こうして見送っている今も、胸の中がざわめいている——が、わたし達とは相容れられなくても、彼らには彼らの正義があったのだから。


 ——星々の輝く遥けき天の彼方にて、どうか安らかなる時を。


 心の中で、祈りを送った。






「勘違いかもしれないんですけど」


 爛然と輝く星々の下、わたし達はファレオの馬車に揺られている。

 満天の星からダスさんに視線を移し、問い掛けた。


「あの時の『見届けたい』って言葉、何か含みがあるように感じて……」

「ん、ああ」


 どこか呆然と星空を眺めていたダスさんが、わたしのその言葉を聞くや否やこちらを向き、再び天を仰ぐ。

 その様子は、まるで天に還っていった人を懐かしんでいるかのように思えた。


「……あいつを殺したことは後悔していない。あいつの為したこと、為そうとしたことは……俺は許されるべきことじゃ無いと思うからな」


 それは、ポン君を利用しようとしたこと、そしてネドラ派が目指す世界のことだろう。ダスさんの過去を鑑みると、確かに許し難いことだ。

 しかし、その言葉とは裏腹に口ぶりはどこか後悔というか、名残惜しさというか……そういったものを感じられた。


「…………殺すべき敵で、実際この手で殺した。殺すべき敵だからこそ、躊躇いは一切無かった……だのに、それでも戦友だと思っているのは、おかしいだろうか」


 今にも消えてしまいようなか弱く、か細い声で紡がれたその言葉。

 それは凛々しく、時に荒々しい彼から今まで聞いたことの無かった声で、だからこそ面食らい、口は開けど声は出なかった。


 ——確かダスさんは、ブライグシャ戦役で家族と友人、そして村の人達を失った。


 確かにダスさんはジャレンさんと何度も共に戦ってきた。彼にとってジャレンさんは戦友だった。

 例え相容れられない存在になろうとも、お互いを殺そうとする関係になろうとも、相手が自分のことをどう思っていようとも、戦友であった事実は変わり無く、また未だに戦友なのであろう。


 ……或いは、かつて友人を無惨に殺されたが故に。


 天に還った彼に思いを馳せるかのようにじっと星を見つめるダスさん。その視線の先の星は、赤く輝いているのだろうか。

 わたしは座ったまま服を引きずらせ、彼の隣に座って同じく星を眺める。

 彼は何も言わずにこちらを一瞥すると、微笑んですぐに再び天を仰いだ。


 ——夜風が冷たいことが、ありがたかった。

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