第二十一話 似た者同士の二人
「——とまぁ、そうやってファレオに入ったんだよね。当時のダスさんは、それはもう軽く触っただけでも殺してきそうな雰囲気でねー……う、思い出しただけで当時の恐怖が……」
苦笑を浮かべていたミーリィは、おれの知らないダスを想像して身震いした。一体どれ程の恐ろしさだったのか——って、今でも十分恐ろしい奴だが、それよりも恐ろしかったのか?
「お前よくそんなのと一緒にいたな……」
同情の言葉が口から飛び出てきた。すると彼女は当時を懐かしむかのように微笑む。
「悪態つきつつもお世話したり守ったりしてくれたからねぇ、恐ろしいところに目を瞑れば当時から凄く良い人だったよ。それに——」
と、何かを言いかけた彼女は俯き、顔を足で挟むようにして隠し、そして黙ったまま動かなかった。
突然の出来事に、おれの体も動かなかった。失言してしまったのだろうか、或いは過去に触れるべきではなかったのだろうか——
「お、おい、大丈夫か——」
「だ————————ッ!」
叫び声を轟かせて顔を勢いよく上げる彼女に驚き、体がびくりと揺れる。そして彼女は自身の頬を両手で叩き、軽快な音が閑静な森に響き渡る。
困惑するおれを見て、
「うん、大丈夫!」
と彼女は微笑んで言ってきた。叩いたところは赤く腫れていて、目に涙が浮かんでいるあたり、大丈夫そうには見えないが……まあ本人が言うなら大丈夫なのだろう。
というか何だったんだ、今の。
彼女は黙って空を見上げる。満天の星——まるでその視線の先に何かがあるように、じっと星空を見ていた。
「……ファレオは、何も無かった当時のわたしにとって希望だったの。ここなら人生をやり直せるんじゃないか、わたしだって居てもいいんじゃないか——ううん、ここに居たかった、かな」
そう言うと彼女は微笑んでおれを見る。
「苦しんでいる人を助けたかったの、ダスさんがわたしにそうしたように。それがわたしのやりたいことで、責務でもあるから」
微笑んで言い放たれたその言葉を聞いて、何となく理解できた。
責務という表現は少し引っかかる——が、それこそが、彼女がおれを身を挺して守った理由、彼女の優しさの理由なのだろう。
——だが。何故、そこまで命を張れる? 何故、それを己の責務とする?
ミーリィは恩人だ。だが——彼女の優しい微笑みが、どこか恐ろしく、或いは気味悪く感じてしまう。
ただの高尚すぎる人なのか、何かを隠しているのか——
「——ポン君?」
彼女の困惑の声が聞こえ、我に返る。
おれはゲロムスの魔術師であることを隠していた。だが、彼女とダスは、おれが何かを隠していると察していながらも、それを聞くことは無かった。
「あ、悪い。何と言うか……少し驚いた」
だったら、仮に何かを隠していたとしても、聞かないのが道理であろう。
「お前は……その、凄いな。こんな過酷な世界で人助けなんて、死にに行くようなモンだろうに」
この世界ゴーノクルは、それこそ魔術師の時代の頃から今に至るまでずっと犯罪行為が起きていた。それだけでなく、今では帝国と教団がおれ達の敵として立ちはだかっている。
それら相手の殆どが完全な魔腑を持つという中でも、彼女——そしてファレオは、それに臆すること無く人々を助けてきた。
魔術師でさえ普通は避けるのに、そんな相手と戦い続けるなんて。
「過酷な世界だからこそ、だよ」
彼女はきっぱりと言い放った。その目は決意に満ちているかのようで、しっかりとこちらを捉えている。
「この世界では強い人が弱い人を良いように利用して、甚振って、時に殺してもいる。この状況は深刻で、ブライグシャ戦役を起こしたり、今まさにポン君たちを狙ったりしている帝国も例外じゃない」
そして彼女は再び星空を見上げ、その先にある何かをじっと見ている。
「わたしは、そんな世界を何とかしたい。多くの人々が苦しめられているこの世界を、誰も苦しめられない世界にしたい……そうすれば、皆が……」
何かを言おうとして、彼女は口を噤んだ。そして苦笑しながらこちらを見遣る。
「……なんて、夢物語かもしれないけど——」
「いや」
否定の言葉が、自然と口から零れ出ていた。
「え?」
彼女が驚きの声を零す。少しばかりだがおれ自身も驚いている。しかし、おれはちゃんと頭で、心でそう思ったのだ。
「あ、いや、えーっと……」
言い淀み、躊躇ってしまう。しかしそれでも、口を開き、己の意志で言葉を発する。
「……お前、それとダスなら、できそうだなーって、思った……」
ミーリィとダスは二人共強いのに加えて、魔術の相性も良い。そして何より——ミーリィの意思と決意。
危険な戦いでも、彼女は弱音を吐いたり逃げたりせず、おれを守った。意思も実力も強い彼女なら、その願いを叶えることができる——おれだけでなく、他の魔術師だってそう答えるだろう。
意思や願いが強い者ほど、実力も強く、そして己の願いを成就できる——古来より魔術師の間で言われ続け、実際その通りだった言葉。大層な言葉では無いけれど、彼女に相応しい言葉であろう。
言い終わった後で段々自分が恥ずかしくなり、紅潮した顔を彼女から隠すように、座ったまま体の向きを変える。
「いや、その、今のは忘れ——」
柔らかい感触が背中に当たり、背後から伸びてきた手がおれを優しく抱いてくる。
心臓の鼓動が途端に高鳴る。頬や耳が、まるで炎上しているかのように熱くなった。
「ありがとうね、ポン君」
ミーリィは微笑んで小さく、そして優しくおれの耳元で囁いた。
「は、放せッ!」
その腕を何とか振り解こうと身を震わせると、彼女はすんなりとその手を放してくれた。
「急にやめろ! 心臓に悪い……!」
「やっぱり可愛いね、ポン君は」
おれの怒声を気にも留めず、彼女は意地悪そうに微笑んでそう言った。
紅潮した顔に当たる夜風が心地良い。が、そんな夜風でもそれを簡単に消せはしなかった。
「もう戻る……!」
逃げるように、顔の紅潮をこれ以上彼女に見せない為に、おれは先程まで寝ていた場所へ早足で歩き出す。
「あ、ポン君!」
「何!?」
思わず大きな声を上げて振り向いた。座ったまま彼女はこちらを向いており、黒髪は夜風に揺れて僅かに棚引いている。
「ご両親、必ず救ってみせるからね」
月と星の明かりに、彼女の優しい顔が照らされていた。その慈愛に満ちたような顔に見惚れ——
「……うん、ありがとう」
先程とは打って変わって、心からの感謝の言葉が零れ出た。
その顔を、忘れることは無いだろう。
……それと、胸の感触も。
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