第66話 元陰キャは嫉妬する……?

「本当によかったの?」

「うん。高校に通っている間は、今の部屋に住むことにしたんだ」

 

 初音さんは俺の問いにうなずいた。

 8月も半ばに差し掛かった頃、お昼前。

 俺は自宅に初音さんを招き、リビングで会話している。

 今日、両親は二人で出かけており、受験生である妹の真雪は塾の夏季講習に行っていた。


「てっきり、初音さんはおじいさんと一緒に暮らすのかと思ってた」

「おじいちゃんのことは大切だけど……重要なのは同じ家で暮らすことじゃなくて、いつでも会いに行ける関係になれたことだと思うんだ」

「確かに、その通りかもしれないね」


 しみじみと初音さんが言うのを聞いて、俺は納得した。

 長年の間、初音さんとおじいさんが音信不通だったことを思えば良好な関係だ。 


「とにかく、高校卒業するまで住む場所に関しては今までどおりってこと」

「じゃあ、卒業後はどこに?」

「それは進路にもよるかな」

「進路か……初音さんはやっぱり大学に行く予定?」

「うん。だから、高校を卒業したら大学の近くに引っ越すことになると思う」

「なるほど……」

「八雲くんはどうするつもりなの?」

「俺は……」


 高校卒業後の進路か。

 初音さんに聞いておきながら、自分のことについてはまだあまり考えたことがなかった。

 でも、多分。


「なんとなく、俺も大学に行くつもりでいた……かな」

「それなら一緒の大学に行けたらいいね?」

「初音さんと一緒か……」


 俺は数年後の未来を想像してみる。

 高校を卒業した後も初音さんと同じ大学に通う。

 もしかしたら、一緒の部屋に住んだり……なんてこともあるかもしれない。

 とても楽しそうだ。

 そんな未来があればいいと思うけど。


「そのためには、初音さんと同じ大学に合格できるだけの学力が必要ってことか。正直、あまり自信がないな」

「この前の期末テストではいい成績だったし、八雲くんならきっと大丈夫だよ」

「まあ、うん。できる限り頑張って勉強するよ」


 初音さんの励ましを受けると、なんだか本当に大丈夫な気がしてくる。

 もちろん、結局は俺の努力次第だけど。


「勉強と言えば、真雪ちゃんがもうすぐ塾から帰ってくる頃かな?」 

「うん。今日は夏季講習が午前中までだからね。終わったら急いで帰ってくるって言ってた」


 実は初音さんを今日この家に呼んだのは、真雪が初音さんと会いたがっていたからだ。


「へへ、私も早く会いたいなー」


 ……会いたがっていたのは、初音さんも同じだったな。




 そんな話をしていたら、程なくして真雪が帰ってきた。


「ただいま」

「あ、真雪ちゃんだ。おかえりー!」


 初音さんは真雪の方に駆け寄っていくと、勢いよく抱きついた。


「わっ……初音さん、いきなり何を」

「いやー。真雪ちゃんがかわいいから、つい」

「かわいい、ですか?」

「うん、真雪ちゃんはかわいいよー」

「もう……」


 初音さんに抱きつかれて戸惑うような声をあげる真雪だが、その割には離れる様子はない。


「……さすがに少しくっつきすぎな気がするけど」

「あ、お兄ちゃん。もしかして私に初音さんを取られて妬いてる?」


 真雪がニヤニヤと俺の方を見てきた。


「なんで妹相手に妬かないといけないんだ」

「逆に、私に真雪ちゃんを取られて妬いてるかもね?」


 初音さんがぎゅっと真雪を抱きしめながら、俺の様子を窺ってきた。


「いや、それもないけど」

「……それはそれでムカつく」


 真雪はなぜか拗ねたように俺を睨んできた。

 どうしてからかわれた上に責められているんだ、俺。

 


 お昼時だったので、俺たちは三人で近くのファミレスにやってきた。

 俺の向かいでは真雪が初音さんの隣に座って、楽しそうに話しながら食事を満喫している。

 

(なんだか、俺が蚊帳の外みたいになってないか……?)


 二人の仲がいいのは俺としても喜ぶべきことのはずだが、どうも腑に落ちない。

 もしかして、これが妬いているってことなのか……?


「ところで、本当に私も一緒で良かったんですか? やっぱりお兄ちゃんと付き合ってる以上は二人で遊びに行きたいと思ったりは……」


 真雪は今更ながら、申し訳なさそうに言った。

 初音さんと会いたがる反面、遠慮する気持ちもあったらしい。


「そこは真雪ちゃんが気にしなくても大丈夫だよ。むしろ二人で色々遊びにいった結果、お金を使いすぎて反省中だからね」


 そう。

 ここ最近、俺と初音さんは二人で出かけるにしてもなるべくお金を使わないように心掛けている。

 情けない話ではあるけど、まだ高校生だからお財布事情が厳しいのは仕方ない。


「でも、初音さんの場合はおじいさんに頼めばお小遣いがもらえるんじゃないですか?」


 真雪は何気なく、そんなことを言う。

 初音さんが実はとてつもないお嬢様だったことを、真雪も最近聞かされていた。


「うーん、どうだろ。おじいちゃんは厳しい人だから……」


 初音さんはそう言うけど、俺は真逆の考えだ。

 確かに初音さんのおじいさんは常に怖い顔をしている印象だったけど、なんだかんだで孫には甘い気がする。

 とんでもない額のお小遣いをポンと初音さんに手渡したとしても驚かない。


「いずれにせよ、散財したそばからおじいちゃんにお小遣いをねだるなんて、不健全だから私はしないよ」

「さすが初音さん、お嬢様なのに堅実だ……!」


 真雪が目を輝かせながら初音さんを見ていた。

 長い間一人だったこともあって、初音さんは自立心が強いらしい。

 それにしたって、真雪は初音さんを盲信しすぎな気がするけど。


「でも、おじいちゃんをちょっとだけ頼るのは悪くないかも」

「ちょっとだけ頼るって?」

「何もせずにお金をもらうのは気が引けるから、お仕事を紹介してもらおうと思って」


 俺の疑問に、初音さんはそう答えた。


「仕事って……初音さん、バイトでもするつもり?」

「うん! あ、せっかくなら八雲くんも一緒にどうかな?」 


 初音さんの提案は、金欠の俺にとっては魅力的だった。



◇◇◇◇◇



更新が遅くなってすみません!

次回は気軽なノリでおじいちゃんの家を訪ねる話です。

何かいい感じのバイトはないかと訪ねる初音さんに、孫をかわいがりたい祖父が紹介する仕事内容とは……?

シリアス要素は特にない予定です。

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