第65話 元陰キャ、侵入者を撃退する。

 なんだかんだで、初音さんと一緒に寝ることになった。

 部屋を暗くして、俺たちは同じベッドで並んで寝そべる。

 初音さんが一人暮らししている部屋のシングルベッドと違って、二人で寝てもだいぶゆとりがある。


「へへー」


 初音さんが、嬉しそうに抱きついてきた。

 すっかりリラックスした様子だ。

 初音さんが安らぐ表情を見ていたら、俺もなんだか癒されて落ち着いてきた。

 後はもう、このまま眠るだけ。

 しかし、一つだけ不安なことがあった。

 初音さんの叔父、月島浩蔵の捨て台詞だ。

 ……このままで済むと思わないでいただきたい。

 あの男はそう言っていた。


(寝ながらでも警戒は怠らないようにしておこう)


 敵に襲われる可能性がある状況で眠るなんてことは、異世界にいた時はよくあった。

 あの時はいつも野宿だったことを思えば、今はよほど気楽な状況だ。

 俺はそんなことを考えながら、初音さんに抱き枕がわりにされた状態で眠りについた。


 それからどれだけ時間が経っただろうか。

 俺は何者かの気配を感じて、目を覚ました。


(この邸宅に、誰かが侵入しようとしてる……のか?)


 俺は一瞬で脳を覚醒させて、状況の把握に努める。

 気配は6人分。

 いずれも大柄の男だ。

 ただの強盗……には思えない。


(多分この家って、そんな輩が簡単に侵入できるような防犯設備じゃないと思うんだよな)


 頑丈そうな門や外壁を備えているし、至る所に監視カメラも設置されていた覚えがある。

 その割にはあっさり侵入されている印象だ。

 俺は千里眼スキルを使って、より詳細な情報を得る。


(この感じは……監視カメラもセンサーも動いてないな)


 故障だろうか。

 侵入者が現れたタイミングでこんな都合よく?

 偶然にしては出来過ぎだ。

 どちらかと言えば、月島浩蔵が帰り際に設備の電源を切ったとか、そんな可能性の方が高いように思う。

 男たちの内4人は、初音さんのおじいさんがいる寝室の方を真っ直ぐに目指している。

 残る2人は、こちらの客室があるエリアに迫っていた。

 ある程度この邸宅の間取りを把握している上で、明確に狙いを定めている。

 やはりこの侵入者たちは月島浩蔵と繋がりがある……のか?

 切羽詰まっているにしても、かなりの強硬策だ。


(目的は誘拐か、あるいは……)


 なんにせよこれは明らかに犯罪だ。

 他人を使ったところで、少し調べたらすぐに誰が裏にいるか発覚しそうな気がするけど……何か隠蔽する方法があるのかもしれない。


(ともあれ、俺のやることは変わらないか)


 そう。

 俺のやることは近い方から対処していくだけだ。

 俺は初音さんを起こさないよう、静かにベッドを抜けて部屋を出る。

 程なくして、廊下を静かに歩く大柄の男二人と遭遇した。

 どちらも殺傷力のありそうな武器は持っていないけど、本格的に鍛え上げられた体つきの外国人だ。

 

(傭兵でも雇って海外から連れてきたのか……?)


 男たちの人を殺し慣れていそうな目つきが、俺の方に向けられる。

 久しぶり……いや、こっちの世界では初めての感覚だ。

 昔の俺だったら足が竦んで何もできなかっただろうけど、異世界帰りの今は、至って冷静だった。

 場数を踏んできたから、って理由もあるけど。

 多分、対処する術を持っているからというのが一番の理由だ。


 結果から言うと、俺は二人の男の意識を奪った。

 異世界仕込みの体術で、相手に反応する隙を与える前に片付けた。

 おそらく半日は起きないだろう。


(次は初音さんのおじいさんの方だな)


 まだ侵入者は4人残っている。

 俺は異世界で鍛えた超人的な身体能力を駆使して高速で移動し、初音さんのおじいさんの寝室に向かう。

 ちょうど部屋の扉を開けて侵入しようとしている姿が見えたので、先ほどの男たちと同様に全員気絶させた。


「何事だ」


 俺が一仕事終えたその時、初音さんのおじいさんが目を覚まして部屋の照明をつけた。

 異変に気づいたらしい。


「あ、どうも」

「どうやら孫だけでなく儂もお前に助けられたようだな」

「あはは……」


 初音さんのおじいさんから鋭い目つきで見据えられて、俺は乾いた笑いを浮かべるしかない。

 とりあえず助けるのが優先だと思い、後先考えずに動いていたけど、厄介な人にまずい状況を見られたかもしれない。

 その辺にいる高校生は、こんな得体の知れない大柄の男たちを簡単に倒したりしないからな。


「ふむ……お前のことは一旦置いておこう。問題はこの者共の方だ」


 初音さんのおじいさんは、俺の傍らに倒れる男たちを見下ろしている。

 その横で、俺はしゃがみ込んで倒れている中の一人の頭部に手で触れた。


(まさか、チートスキルを使っているとは思わない……よな)


 俺はチートスキルの一つ、読心術を使用した。

 「心を読む」なんて名称ではあるけど、実際には触れた相手の記憶や思考を覗き見るスキルだ。

 初音さんのおじいさんからすると違和感のある行動に見えるかもしれないが、何も知らなければただ触れている以上には映らないだろう。

 ともあれ、彼らの素性は把握した。

 やはり初音さんの叔父である月島浩蔵の手の者で、昨日今日雇われたような連中ではないらしい。

 目的はおじいさんと初音さんを拐うこと。

 拐ってから何をするつもりだったかは分からなかったけど、どうやら月島浩蔵の元に連れていくことになっていたようだ。

 それと合流場所についての情報は手に入った。

 読心術で得た内容を、初音さんのおじいさんに伝えると。 


「……いつどこでその情報を得た」

「こいつら以外にも侵入者がいたので、そいつから聞きました」


 我ながら苦しい言い訳な気がする。

 けど「異世界で得たチートスキルを使いました」と言うよりは現実的だ。



 

 その後、防犯設備の電源が切れていることに異変を感じた警備会社と、通報を受けた警察が夜中の邸宅にやってきた。

 男たちが警察に連行されていく際に、月島浩蔵が関与していることも伝えておいた。


 騒動があった夜が明けて。

 朝、帰る頃には合流場所にいた月島浩蔵が逮捕されたという報告を聞いた。

 その息子である久遠も関与が疑われているらしい。

 仮に共犯でなかったとしても、一連の騒動の影響で市ヶ谷グループ内に居場所はなくなるだろう。


「浩蔵は複数の罪に問われることになる。今後現場に復帰することはないだろう。無論、市ヶ谷への影響も皆無ではないが」


 初音さんのおじいさんはそう言うが、どこか覇気がないように見える。

 様々な罪を犯したとはいえ、彼にとって浩蔵は息子だ。

 気落ちするのも無理はない。

 そんなおじいさんの様子を初音さんが心配そうに見ていた。


「おじいちゃん……大丈夫ですか?」

「問題はない。これからが正念場であるのは間違いないがな」


 今は孫である初音さんのために力を尽くす。

 おじいさんの言葉には、そんな決意が込められているような気がした。


「大変だと思いますけど、色々よろしくお願いします」

「孫に心配されるほど落ちぶれてはおらん」


 ペコリと頭を下げる初音さんに、おじいさんはそう答える。

 どこか刺のある言い方にも聞こえるけど、怒っているわけではないだろう。

 純粋に孫に心配をかけたくないだけだと思うけど……この人、もしかしてコミュ障というよりツンデレ的な何かなのか……?

 

「なんにせよ、これで一安心だ」

「うん。だけどその割に、八雲くんは浮かない顔……というか、すごく疲れたような顔をしてるね?」


 初音さんを気遣ったつもりが、逆に心配されてしまった。


「確かに疲れてるかもね……」


 読心術を使用したことが原因だ。

 あれを日頃使わないのは、単純にズルいからとか、人の頭の中を覗き見るのは気が引けるからという理由もあるけど、何より疲れるからだ。

 自分の脳に多大な情報が流れ込んでくる分、負荷がかかる。


(家に帰ったらすぐにベッドに飛び込んで、明日の朝まで寝たい……)


 今回、色々とチートを使って立ち回っていたので、ほとんど寝る時間がなかった。

 表向きは寝ていたことになっているので、朝まで熟睡していた初音さんはそんなこと知る由もない。

 そう。

 実は俺が侵入者たちを撃退したことについては、初音さんのおじいさんが手を回して隠された。

 警察からの聴取には、住み込みで働いている使用人数名の活躍で解決したと説明したらしい。

 それで隠し通せるのかは分からないけど……それより気になるのはおじいさんの思惑だ。

  

「今回の件なんですけど、一体どういうつもりで……」

「仮は一つ返した。初音のことを考えたら、これで返し切れたとは思わぬが……今後何か困難な状況に直面した時は、ここに連絡せよ」


 初音さんのおじいさんは、そう言って一枚の小さな紙を渡してきた。

 名刺だ。

 初音さんのおじいさんの連絡先が記載されている。

 学生だからまだ名刺をもらった経験なんてほとんどないけど、なんとなく分かる。

 この人から名刺をもらえるのは、きっと普通のことではない。


「さすが八雲くん。おじいちゃんにも認められてすごいね?」


 寝ていたおかげで「夜中に侵入者が現れたらしい」程度のことしか把握していない初音さんは、無邪気に笑いかけてきた。


(認められた……のかな)


 確かにおじいさんから一定の評価を得ているという印象はある。

 名刺を渡されたのもその一環だろう。

 だけど、よく考えたら。

 

(初音さんと付き合っていることについては、良いとは言われてない気がするな……?)


 悪いとも言われていないから、すぐにどうしろって話じゃないんだろう。

 初音さんのおじいさんの思惑は、正直よく分からない。

 かと言って、聞いたところで答えてくれる気もしない。

 だったら今は深く考える必要はない。

 ひとまずはそう結論づけて、俺は初音さんと一緒に帰路に着いた。

 


◇◇◇◇◇



結局早めの更新はできませんでした、すみません。

騒動は落ち着きましたが夏休み編はもう少し続きます。

次回は夏休みでお金を使い過ぎてしまった二人が楽しみながらアルバイトをする話です。

今後の八雲と初音さんのおじいちゃんとの関わり方にも注目かも……?

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