私が追放される悪女?よし、じゃあ逆に追放してやろう。〜ニート志望の悪役令嬢は攻略対象達に溺愛される〜

十和とわ

自堕落悪女の目覚め

1.悪女、未来を知る。

 ボチャンッ! と鳴り響く、何かが湖に落ちた音。

 それと同時に聞こえてくる、誰かの叫び声。


(────ああ。死ぬのか、私)


 少女はゆっくりと目を閉じる。

 別に、死ぬのは怖くない。だって、ゆっくりと、これから先ずっと眠っていられるって事だ。

 誰にも理解されないが……それは、私にとっては幸福に他ならない。


 だって、生きるのって面倒じゃない。

 息をして、立ち上がって、歩いて、座って、何かを持って、何かをして。とにかくやる事が多いし、何もかも面倒くさい。

 だったらもうずっと眠っていたい。面倒事なんて何一つない夢の世界にずっといたい──……。



 ♢



「──ユーティディア・フィン・オデルバイド。これより君との婚約を破棄し、彼女を虐げた罪でこの国から追放してやる」


 うわなんだこれ。死後の世界ってやつですか?

 そう反射的に考えたが、悪女はなんとか喉元で飲み込んだ。死んだと思ったら見覚えのない場所で見覚えのない人達に囲まれている。

 そして、何故か目の前の偉そうな男からは自分の名前が言い放たれたときた。

 悪女は腕を組み、うーんと唸る。


(それにしても……何でそんなしょうもない罪状で、そんな流刑に遭わなければならないのよ。馬鹿なんじゃないのこの男)


 そもそも誰なんだ。そう、悪女は眼前の男を睨んでみた。

 太陽を編んだような金髪に、新緑を宝石に変えたような緑の瞳。目が覚めるような美しい男は、悪女に睨まれたからか怯んだ様子を見せ、


「っ、君は昔からそうだったな。そうやって初対面の頃から私を睨み、馬鹿にしてばかりだった。シエラも同じように馬鹿にして、嫌がらせを繰り返していたのだろう!」


 気を取り直してキリッとした顔を作った。


(昔から? うん? そういえば、なんかこの色味……どこかで見たような……)


 だが男の話など最初の一言二言しか聞いてなかった悪女は、必死に己の記憶を探り、とある人物へと辿り着いた。


「おまえ、私の婚約者か!」

「どうして今の今まで忘れてたみたいな反応をするんだ。君は私と親しいシエラに嫉妬して嫌がらせをしていたのだろう?」

「シエ……って誰? そもそも私、婚約者おまえと会った事なんて数回しかないだろう。何が婚約破棄だ、それなら初めからそんな事するなよ面倒くさい」

「んなっ……?! ユーティディアぁ!!」


 悪女の発言に、彼女の婚約者は顔を真っ赤にする。そんな激昂する婚約者の肩に、一つの手が置かれた。


「殿下。あんな魔女相手に怒ったところで時間の無駄です。血まで凍りついているあの女をさっさとこの国から追放しましょう。それが彼女のためです」

「っ! あ、あぁ……そうだな。落ち着かせてくれてありがとう、ギルカロン」

「いいえ」


 小さく背を曲げ、大柄の男は一歩下がった。


(あれは……ギリーか?)


 これまた見覚えのある人間の登場に、悪女は目を丸くする。だが、これだけではなかった。


(その後ろのはノアか? 随分と垢抜けたな……その隣りのは、ええと、ヴィオかな。その横の奴は──……いや知らんな。誰あの男)


 一部を除き、次々と現れる知人に似た大人達。

 悪女がそれに意識を向けていると、婚約者にしなだれかかる見知らぬ女が、大きな瞳に涙を浮かべて訴えかける。


「わたし、あなたにされた事は全部覚えてますから!」

「はあ……?」

「いつかはやめてくれるかも、って思ってたのに……結局今日までやめてくれなかった。だから、わたし──!」

「はあ……」


 何この茶番。

 見知らぬ女が婚約者といちゃつき、身に覚えのない罪で糾弾される。そんな状況に呆れ返っていると、


「いいんだ、シエラ。ここからは私が言う」

「サニー……」

「──改めて言うぞ、ユーティディア・フィン・オデルバイド。私は君との婚約を破棄し、君を、シエラを虐げた罪でこの国から追放する!」

「はあ……。そんな馬鹿げた主張がまかり通ると本当に思ってるんですか? 何ともまあ残念なおつむですね、王子・・

「〜〜ッ!」


 ぽろりと本音がまろび出る。

 まったく記憶にないけれど……きっとあの女を虐げたというのは、このついつい本音を口にしてしまう性分によるものなのだろう。

 客観的に今の状況を捉える悪女を他所に、今度こそ激昂した婚約者は「衛兵! 早くあの悪女を追放しろ!!」と叫び、悪女はあれよこれよという間に追放された。


 その間、たったの三日。

 元よりそう計画されていたのだろう。彼女はあっという間に婚約破棄からの国外追放のコンボを決められてしまった。


「──マジか。マジのマジで追放されたの、私……!?」


 およそ人が暮らす事など不可能と思われる不毛の地に、悪女は最低限の荷物だけを手に放り出された。


(正気かあの王子! 今までずっとぐーたら引きこもり実家生活を送ってた女を突然身一つで追放するか、普通?!)


 わなわなと震え出す彼女の体。

 いつしか遠のく意識。夢の先で、悪女は叫ぶ。


「あんのバカ王子め! 私から夢の引きこもり実家ライフを奪うだなんて! 絶対、絶対に──……許さないからなぁああああああああっ!!」




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