「私、変わちまったら……」


 坊やに出会ってからもう一ヶ月が過ぎたが、度々にこう考えてしまう。


 妖怪らしいことは全くしてないところが、人間の坊やと仲良くなってるとは、昔の私なら考えられないことだ


 とは言っても、坊やは坊やで私のことを気にしない変な人だから、私はただ彼のことが気になっただけで、別に人と仲良くしたいわけじゃないからね!


 そんなことを考えつつ、私はいつものとこへ行く。


「おはよう坊や」


「……」


 今日も坊やは、独りぼっちで川の土手で座ってる。


 私に返事ず、視線も向かず、ただただ川を見つめてる。


 その背中は寂しそうって言うか、悲しそうって言うか、なんとも言えない感じをしている。


 彼は生きる気がないことだけは、見ればわかる程にはっきり。


 そんな彼は、いつもより増して死んだ魚のような目をしている。


「おい、聞こえる?」


「……」


「なんだその顔、普段より死んでるじゃない」


 彼はあんまりにも返事せず、私は彼の目の前で飛び出す。


「おいおい! それじゃあいつまでも憑り殺せないじゃないの!」


「うわ!?」


 やっと私のことが気付いた坊やは、私の顔を見ってびっくりする。


 正面から見る坊やの顔は、目の下のクマがひどく、顔の周りに傷がたくさん付いている。


「なんだこの傷!? 誰かがやったの!?」


 あんまりにも傷が酷く、今回は私の方がびっくりした。


「へー、僕のことを心配してくれるんだ」


 彼は嬉しそうに私にそう言う。


 何で妖怪に心配されて嬉しそうになるんだよ!


「は!? 心配じゃなく、君が勝手に死んたら困るから……じゃなく! だからなんだその傷」


「ぶつかっただけだ、気にするな」


「そんな傷、事故でできるものじゃない! 絶対誰かにやられたんだ!」


「違うって……」


「もしかして村のやつらが?」


「!」


 村のことを話すと、坊やの顔は見え見えと変わった。


「村のやつらにやられたの?! ふさけるな! 何年でも変わらないのかやつら……!」


 頭の中で浮かぶ、若い頃村八分された自分の記憶。


 殴られ、蹴られ、忌み子と呼ばれて。


 こっちは何もしていないのに、相手は勝手な思い込みでこっちをいじる。


 許せない……! 絶対殺してやる!


「だから違うって!」


 そう叫びながら、坊やはそのまま私を押し出し、私の元から逃げた。


「おい! 坊や!?」


 私の呼び止めを無視して、坊やは村の方に戻った。


 別に追えばすぐに追いつくけど、でもそれより初めて彼に拒絶されたと言う衝撃の方が大きいかった。


 私は彼を見送ることしかできなかった。


「大丈夫かな……」


 無意識のうちに、私はそう呟いた。





 次の日、坊やは来なかった。


 いつものとこに行っても、そこには私しかいない。


 探しても、一見で見渡せる川の土手だから隠れるとこもなく、私は空回りしかできなかった。


 心の焦りが止まらず、冷や汗がありえない程に流れる。


 昨日の坊やのあの顔、あの傷、どうしてでも頭の中から離れられない。


 心の中から嫌な予感が溢れ出る。


「べ……別にこんな日もあるか」


 私は八尺様だ、坊や一人や二人くらいのことで焦るわけがない。


 私は自分を無理矢理説得し、とりあえず座ることにした。


 昨日の坊やと同じ姿勢で座り、孤独に川を見つめる。 


 彼は一体どんな気持ちでここにいるんだろ?


 誰も来ないし、妖怪が出てくるし、まさに魔境と言うべき場所に、毎日やってくる。


 彼には家族がないのか、友たちがいないのか、心配してくれる人がいないのか?


 そんなことは考えていると、心のムズムズがさらに酷くなり、ここにいられない気持ちになる。


「何で私はあんな坊やのために焦らないといけないのよ!」


 死んだ魚のような目をしてる坊や、いつも生気のない坊や、私と同じ独りぼっちな坊や。


 そんな彼が付き合ってるうちに、恨みを忘れ、妖怪であることも忘れ、気付けば私はありのままの私になってた。


 そんな彼に、私は気になって仕方がなかった。


 そっか、私は……


「私たちは同類なのか」


 頼れる人がなく、村からはのけ者扱い、生きる意味も見出せず。


 だから私は、彼にシンパシーを感じた、心配した。


「ああめんどくさい!」


 分かった以上、私はもうここにいられない。


「待ってろ坊や! 私をこうさせた責任を取らせてやるからな」


 心の嫌な予感のままに、私は村にいる方へ向かう。

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