資料閲覧権限
俺達はティーリアを見つけ、声を掛けた。彼女たちも学院には用事は無く、俺と連絡を取るために出て来たらしい。俺たちは学院内にある喫茶店に場所を移した。
おしゃれな名前の飲み物をカウンターで頼み、俺たちは円形のテーブルに座った。黒牙は俺の背後に控えるように立つ。
「で?その人は?」
開口一番、ティーリアは黒牙について尋ねてきた。その視線は訝しむように細められている。
「俺の、護衛だね」
端的に、最低限の情報のみを伝える。
「へぇ」
全く納得していない返事が返って来る。
「アンタみたいなヘ・イ・ミ・ン!が雇えるような護衛に見えないけどねー」
全くその通り。話題に上がった黒牙は全く顔色を変えることなく、直立不動を貫く。
大地に根を張るがごとき姿勢と豪胆さがますます俺の平民設定を揺るがす。
「まあ、いいじゃないか。友達みたいなもんだよ。うん」
何とか理屈の通る設定を考える。きっと今の俺の挙動は大分おかしかっただろう。
「アンタ、友達を立たせてティータイムを楽しむの?」
わーお、ごもっとも。
□□□
「さて、これからのことを考えよう」
ティーリアとガーベラの疑いの眼差しから逃れたくて本題を切り出す。
2人はまだ聞きたいことがありそうな様子だったが、それ以上追及しては来なかった。
「俺たちの共通の目的は『霊廟』の調査」
2人は小さく首肯する。
「それで、最終的な目標はどうするか、って話だ」
ティーリアは困惑を示すように眉根を寄せた。ガーベラの顔には理解の色が浮かぶ。
この辺りは、研究を主目的とする純魔術師とそれ以外の違いだろう。
「えぇとぉ、ゴールを決めるって話ですねぇ。何を得たいか、って話です」
「例えば、あの地に眠る神との接触を図る、霊廟の成り立ちを明らかにする、とか。具体的な目標だよ」
2人で説明をする。ティーリアの表情に納得の色が浮かぶ。
あの地からは色々な成果が得られるだろうが、ティーリアたちが欲しがるものは見当がついていた。
「私の目的は『神』よ。せめて名前と対価と性質を知りたいわ」
「まあ、当然だね」
ティーリアたちの目的は、彼女たちの国であるデネス王国の利益になる成果を得ることだ。あの地の歴史や陰謀などには興味はなく、純粋に神との接触を求めているのだ。
国に帰った後も、神とのコンタクトを取るために最低限必要な二つ。それが神の『名』と『対価』だ。
神は本来、不在の存在だ。この世界にはいない。いや、どの世界にもいない。少なくとも観測されていない。なら、霊廟に眠る『神』は何なのか。それはどこからか延ばされた神の力の先端だ。この世界との接触点であり、その力が流れ込んでいる。
『名』と『対価』はその接触点を作るのに必要だ。本来、人から神を呼び出すことは出来ない。だが、正しい名と供え物をすれば、向こうの興味を引き招き入れることが出来るかもしれない。
その後は、当人次第だ。神として崇め、供物をささげ続ければその地は神の恩恵を受けることが出来るかもしれないし、もしかすれば『聖印持ち』のような特異な存在が生まれるかもしれない。
神の『性質』は何を司っているかを意味する。崇めた神が死と災いをまき散らす『邪神』の類なら目も当てられない。
とはいえ、神との接触と取り込みは中々のハイリスク・ハイリターンだ。神なんて存在は人間の尺度では測れない価値観を持っているから、人間の誘導に従わず予期しない災害をもたらす可能性がある。
だが正しく利用できれば、デネス王国が大陸を支配できるほどの力に繋がる可能性もある。実際、『聖人』という得体の知れない神の類を崇め、その加護や恩恵を得た聖人国カルドゥーナは大陸の大国として盤石の地位を得ている。
優秀な騎士を数多有するデネス王国が神の加護まで獲得すれば、それこそ敵なしだろう。そしてそうなれば、神の存在をもたらしたティーリアは、デネス王国内でも高い地位に就くことができる。
彼女たちの目的はそんなところだろうか。
もしもデネス王国が神の力を得れば、大陸の力関係は崩壊する。そしてそれは、エリーゼ半島にも及ぶ可能性が高い。加えて、大陸内に俺の制御できない力が出てくるのは好ましくない。俺の当面の目標は、不老到達と大陸の征服だ。
巨大な力を持った国家の台頭は、俺から武力による大陸征服という選択肢を奪いかねない。もちろん、いきなり武力を持ち出すという荒い手段を用いるつもりはない。
まずは経済面と武力を背景とした交渉で大国との繋がりを得て、それから国の中枢を支配するつもりだった。
今はそのために各国の重役との繋がりを作り、『彼岸花』の悪魔やホムンクルスたちに情報を集めさせている最中だ。そうすることで相手の欲する資源等の交渉材料を把握、そして相手の軍事力を探っているのだ。
武力による国家の制圧は、あくまで最終手段だ。だが手段として消すつもりは無い。
だが、デネス王国が得るかもしれない神の力が俺の邪魔になることは無いだろう。だから俺はティーリアたちに協力することにした。
神との接触は少なくとも、10年以上はかかる大研究となる。大陸の征服はそれまでに済ませる予定なので、直接的な障害にはならない。
俺に支配された後なら、どうぞご自由にということだ。
俺は彼女たちの目的を把握できて、ほっと胸をなでおろす。
よかった。彼女たちの目的は俺とは被らない。
俺は神なんていう劇物に欠片の興味はない。神という名の真理には自分で辿り着く予定だ。
「それで、あなたの目的はぁ?」
ガーベラが問う。
「俺の目的は、神の中心点にあるモノだ」
想定外の答えだったのか、2人は怪訝な顔を浮かべる。
「中心点って?」
「地下の寝所だよ。神がいた場所だ」
厳密には神はいないが、その力が一番強い接触点。二人も同じ場を経験したのなら、感覚で理解できるだろう。
「そこに何かがあったってわけ?」
「あった気がした、ぐらいかな。そこに行きたい」
俺の目的は、神の正体を解き明かしたい二人と比べ、簡単な目的に聞こえるだろう。
勝手に行けばいい。霊廟の地下に潜ってすぐそこにあるのだから。
と、そういうわけにはいかないのだ。
神の大きすぎる力はただそこにあるだけで周囲を歪める。研究棟を思い浮かべればいい。
神器や強力な魔具の結果、空間が歪んだ場だ。神器程度の影響力で空間が歪むのだ。神そのものの純粋な力を受けた世界がどう変容するのか。想像もできない。
少しずつ世界の変容を解析し、数ミリずつ中心部に進んでいく必要がある。
「まとめるとぉ、私たちは霊廟地下の法則解析を手伝ってぇ、あなたは神の正体解析を手伝うってことでいいわよねぇ」
「そうだね。大部分が重なり合っているけど。それと、中心部にあるモノの所有権は貰いたい。君たちが欲しがるものではないだろう?」
そう言って、ティーリアに視線を向ける。魔術師としての利益や成果に疎く、ガーベラの主でもある彼女を俺はターゲットにした。急に矛先を向けられたティーリアは少し慌てて、悩み込む。そして俺の背後に立つ黒牙を見た。
「そう、ね。霊廟道中までの護衛と調査中の敵の排除をしてくれるなら」
黒牙の戦力を当てにしたいのだろう。元から連れて行くつもりだったが、条件として出してくるなら都合がいい。
俺は頷こうとするが、それをガーベラの声が遮った。
「ちょっと待ってぇ。神の中心点にあるモノなんでしょう?神器やそれに類する祭具の類ならぁ、簡単には渡せないわよぉ」
やっぱり気づくか。神器の類ならただの護衛程度の対価には高すぎるし、確保できれば後の神との接触に大いに役立つ。
ティーリアも遅らせながらそれに気付き、騙そうとした俺を責めるようにキッとにらんだ。
やめてください、騙されるのが悪いんです。それに、ティーリアが頷いても騙すことにはならなかっただろう。
「もしも神器の類なら、その時に所有権を決めようか。だけど、神とは関係のないモノなら貰うよ?」
「………いいわよぉ。それで」
見逃している点が無いか、訝しむようにガーベラは慎重に言葉を紡ぐ。
「じゃあ、決定で。これを渡しておくよ」
俺は小さな結晶を机の上に二つ乗せた。
「通信用の魔具だよ。何かあれば連絡を入れて」
ティーリアはそれを手に取ろうとし、ガーベラに横からかっさらわれた。
得体の知れない魔具に触ったらだめですよぉ、と俺の前で窘められている。
長い妖精人の耳が少し垂れ下がり、しゅんとする。こうして見ると姉と妹みたいだ。
「それで、具体的にはどう動くのぉ?」
「そうなんだよね。まずはあの神の正体に迫る手掛かりが欲しいんだけど」
一から霊廟を調査していくにしても、何もなしでは途方もない時間がかかる。
あの神について言及した資料や研究があればかなりの時短になる。
「図書室には無かったんでしょう?」
ティーリアはそう言った。そう言えば、彼女と初めて会った(脅された)時は大墓地の資料を探していた時だ。
俺が閲覧できる権限の範囲では、大墓地に関する詳細な資料は無かった。
「少なくとも、俺が入れるところには無かったね。君の権力ならもっと上に入れる?」
学院の図書館の資料は、与えられた権限によって閲覧制限が掛けられている。俺が訪れた第一図書室なら、上に行けば行くほどより高い権限が必要になり、権限が無ければそのフロアにも入れない。俺は特級クラスということでかなり高い権限を与えられているが、それでも無理だった。
ティーリアはデネス王国という大国の第二王女様だ。この都市内でもトップの貴人といえる。もしかすれば平民の俺よりも高い権限を与えられているのかもしれないと思い問う。
「いいえ。あなたと同じところまでしか入れないわよ。多分、学生内では最大の権限よ」
ということは、身分による権限の差はない。学院内には権力は通じないという話は徹底されているらしい。恐らく、学年が上がることによる権限の強化も期待できない。ただ在籍するだけで権限が上がるような甘い制度はしていないはずだ。
「権限外の資料の閲覧は不可能なの?」
「研究室に特例で降りることもあるみたいよ。後は優れた研究実績のある個人にも許可されるらしいわ」
個人で実績を上げ、学院に認められる。それが確実だろうが悠長な方法だ。研究室の特例は可能性があるが、俺の属する神秘学の研究室に『大墓地』の資料閲覧権限はあるとは思えない。
「君たちの研究室は?」
2人とも特級クラスであり、研究室に属しているはずだ。もし、『大墓地』に関わる研究テーマの研究室なら、『大墓地』の資料を見れるかもしれない。
「私はぁ、占星術よぉ」
「私は魔術戦闘」
どちらも可能性は薄そうだ。他の研究室、例えば死霊術の研究室などと交渉することも考えるべきだ。だがそれには手土産となる対価が必要になる。交渉も含め、時間がかかるだろう。
権限外の資料の閲覧は難しい。なら、権限を上げる方法だ。
「………権限を上げる方法は?」
「基本、無いわよぉ。学生に与えられる資料閲覧権限は、一般と特級クラスで違うだけで学年では変わらないもの。上げる方法があるとすれば、前期試験とかぁ?」
出た。前期試験。一体何なのか。フィー先輩から聞きそびれた。
「それってさ、何するの?」
そう問うと、得体の知れない化け物でも見たような視線を向けられる。ティーリアの手からティースプーンが零れ落ちる。小さなシミがテーブルクロスに広がる。
「アンタ、何も知らないのね……可哀そうな生き物……」
生物として憐れまれた。そんなひどいことを聞いたの?
「前期試験は学期初めの生徒の能力を測る試験よ」
普段よりも数倍優しく砂糖を煮詰めたみたいに丁寧に、ティーリアは説明を始めた。
「ここ数年は同じ内容。全学年共通で行われる一大イベントよ」
そうしてティーリアが語った内容は、とても強く俺の好奇心を引き、そしてこれ以上ないチャンスだった。確かに彼女の言う通りなら、権限外の資料閲覧も可能になるかもしれない。だがそのためには、乗り越えなくてはならない課題がいくつかある。
「よし。じゃあ、試験でも協力しようか」
「ええ。私たち三人で点を取るわよ」
俺達は向かい合い、笑った。
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