探索

「前方から巨大アンデット!」

「止めなさい!死騎士!」

猟犬が気づいた敵を、おれは素早くガーベラに伝達する。

墓地の前方から転がってきたそれは、巨大な肉塊だ。『回転する死塊』と呼ばれる上級アンデットである。

身体から分泌する緑の粘液に触れた死体はアンデットに変わるため、あれが転がるたび、敵の数が増えていく。最優先で討伐するべき相手だが、巨体と回転が合わさり、猟犬の爪も牙も効果が薄い。


潰れた目と不ぞろいな歯を持つそれを、ガーベラの死騎士が大剣で切り伏せる。だが、筋肉の塊は刃を身体半ばで止めた。

大剣を取り込もうとする回転する死塊を、足元の石の鋭角から飛び出た複数のティンダロスの猟犬が食い千切り、大剣を開放する。


「〈結晶散弾〉!」

俺の創り出した結晶の弾がゾンビやスケルトンたちを砕く。動く死体のやつらは、心臓や頭蓋を潰しても効果は薄いが、身体を砕けば、動けない。打撃攻撃で全身を潰すのが有効だ。


結晶の塊や空気の圧力が墓地を飛び回る。

そのような光景が、先ほどから何度も繰り返されてきた。

俺達は今、数多のアンデットたちに群がられていた。常時絶え間なく魔術を使い、死騎士を先頭に突っ走っていた。


「どこかに入りましょうかぁ」

ガーベラの放った閃光が死霊の群れを薙ぎ払う。

「どこがいい?」

問われた彼女は空を見上げ、星を見る。この異界は常時夜で星と欠けた月が浮かんでいる。俺では何も見えないが、彼女は違うようだ。


「星の導きによるとこっちかしらねぇ」

彼女の手のひらから放たれた魔弾が進路の敵を砕き、道を照らす。その先にあるのは巨大な白亜の霊廟だ。

先ほどまでそこにあると気づけなかった。単に霧に隠れ見えなかっただけか、もしくは観測されるまで消えていたのか。


「猟犬たち、先行して霊廟を探れ」

その霊廟は巨大な外壁と小さな墓地に囲まれている。俺は外壁の外で猟犬たちに命令を出す。

ガーベラは香壺を焚き、死霊避けの霊煙で敵の眼を遠ざけている。流石死霊術師、便利なものを持っている。


「どう?」

「……霊廟の中に入れないな。弾かれてる」

術式は見て取れないから結界ではない。これは、言うなれば断絶だ。死者の眠る場所として異界の魔力に晒され続けたその霊廟には、不浄は入り込めない。そういう法則に変じている。


「行くしかないわね」

ガーベラが気炎を上げ、立ち上がる。中では彼女の得意な死霊術は使えないというのに、勇ましいことだ。

まあ、一つの魔術を封じられただけで戦えないような魔術師が特級クラスに入れるはずもないか。


「そうだな。面白くなりそうだ……」

聖なる霊廟の中身。そこには何があるのだろうか。想像するだけで胸が躍る。

ガーベラも俺も使い魔たちを収納する。彼らは中に入れない以上、出しておく必要はない。


俺は代わりに影から一本の槍杖を取り出す。

黒い柄と刃には深海の如き蒼いラインが植物の根のように走っている。だがその槍杖の何よりも異常な点は、槍の刃を中心に浮かぶ小さな短刃だ。槍の穂先だけを取り出したような槍杖と同色の刃が10本、同心円状に浮かんでいる。

名は『黒蒼の王冠杖』。

勇者と戦い、俺は自身の脆弱な近接攻撃能力を実感し、これを作った。


「なあに、それ?」

「護身具だよ」

俺は槍杖を手に、霊廟への外壁を潜る。霊廟の外は小さな墓地がいくつか立っている。半ば地中に飲まれたそれらは、刻まれた文字すら掠れ砕けているものもある。

数百年以上、人の手から離れた墓地だ。

だが中心に建つ霊廟だけは、時の流れから切り離されたように白く美しい外観を保っている。

俺とガーベラは僅かにぬかるんだ墓土を踏みしめ、霊廟へと近づく。


「あれだけ管理されているのか?」

「そうね、入り口の墓守のような者がいるのかもしれないし、まともな時の流れの中には無いのかも」

もし管理人がいれば、墓荒らしに来た俺たちはまごうことなき罪人だな。

俺は霊廟の扉に手をかける。隣に立ったガーベラと息を合わせ、重い石扉を押す。

想像以上に重い手ごたえを感じ、肉体に魔力を流し込み、強化を施す。

床に扉の跡を残しながら開いていく。瞼を開くように露わになった霊廟の中は暗く、それでいて静謐な空気が漂っていた。


(槍杖に反応は、ある)

中央の刃が震えている。間違いなく、何かがいる。

霊廟の中は殺風景だ。中央に大きな石の棺があり、その傍らに灰の神官が立っている。それは神官服を身に付け、見える手や顔と言った地肌には変色した灰色の包帯を巻いている。その手に持つのは短剣と一輪の花。青い水晶のような花弁を持つそれは清浄な気配を漂わせている。

眼など見えないのに、それは確かに俺とガーベラを見た。


「あれは、アンデット?」

唖然と呟くガーベラの声には疑念の色が宿っている。俺も彼女と同じだ。とても眼前の存在が信じられない。

「呪いを感じない……」

呪力型でも術式型でも、死者を動かすというだけでアンデットには怨念がこもる。だからこそ、死者は神の祝福で浄化されるのだ。

だがこのアンデットにはそれがない。動く死者特有の呪いを少しも感じない。


「ゼノン、生け捕りにしましょう?」

ガーベラの声音には隠しきれない興奮を感じる。俺も同感だ。あれが俺たちの思っているモノなら、死霊術の常識を塗り替えかねない。

「当然……ッ!」

細い脚に見合わぬ瞬足で距離を詰めてきたアンデットが片手に握る短剣を振るう。狙いは、俺だ。白銀の銀閃が走り喉を狙うが、幾筋もの黒蒼の刃に阻まれる。


これこそが、『黒蒼の王冠杖』の能力。10の刃を自在に操る騎士無き王の杖だ。

重なり合った刃が動きを止め、残りの刃が手足を狙い宙を走る。

だが、当たらない。

短剣で弾き、逸らし、柳のような体運びで躱す。そこには卓越した『技と経験』があった。

足音無く懐まで忍び込み、そして地面から生えた石柱に吹き飛ばされた。


「お疲れ様」

どれだけ早く走れようと、来る場所とタイミングが分かれば迎え撃つのは難しくない。敵の選択肢を絞るための『黒蒼の王冠杖』だ。

「終わり~?」

呆気ないと言いたげなガーベラの声が墓地に広がる。件のアンデットは全身の骨を折られ、地面を転がっていた。

アンデットが片手に持った青の花に火が灯る。蒼炎は瞬く間にアンデットの全身を巡り傷を癒した。


「祈祷術!?」

「神の恩寵を受けているのか……」

蒼炎はアンデットだけにとどまらず、墓地を這う。俺とガーベラは慌てて結界を張り、炎を防いだ。

だがその炎は攻撃ではなかったようだ。

墓地が揺れる。昏い墓土が盛り上がり死肉と骨が這い出る。胸に青い輝きを宿す死者たちは朽ちた武具を携え、奇跡の担い手に従う。


「太古の戦士たちの墓場だったみたいね」

周囲をアンデットたちに囲まれた。門も独りでに閉じ、逃げ場は消えた。

「出なさいな、〈死騎士〉」

虚空から出てきたアンデットの騎士がガーベラを守るように立つ。

彼女自身も石の円盤を取り出した。


「私が雑魚をやるからぁ、あなたは神官をお願いね?なるべく無傷で」

むずっ。

俺の抗議の視線の意に介さず、ガーベラは石の円盤を起動させる。すると彼女の周囲に光粒がいくつも現れ、回転を始めた。

それは小さな星系だった。赤、青、白に輝く疑似的な宇宙を作り出し、天体の力を引き出す天体魔術に使うのだろう。


星が回る。

「〈射手の光矢〉」

輝く星の一つが、弾け、飛ぶ。銃弾のように飛翔した光はアンデットの脳裏を貫き、曲がる。そして次の獲物へと向かい飛翔した。

連鎖するようにアンデットたちが死んでいくが、そのまま全滅とはいかない。学習した奴らは盾を構え、光の矢を防ぐようになった。

あっちもあっちで苦労しそうだ。


「寄らないでくれ」

刃を飛ばし、神官を牽制する。無理に掻い潜ってもボウリングのピンみたいに飛ばされると学んだのか、奴はおとなしく後退した。

『黒蒼の王冠杖』には、ゼノヴィア辺りなら無理やり突っ切られる程度の威力しかない。というか、実際に突っ切られて、「制圧です」とか言って抱き締められた。

だけど、見るからに脆そうな神官には通じるみたいでよかった。

刃に阻まれ近づけない神官は、片手に持つ花を高く掲げた。そしてその花に、膨大な魔力が渦巻き始めた。


「あれはやばいかも」

錬金術で地面を組み替え、槍を作り串刺しにする。複数の槍で穴だらけになった神官はそれでも花へと魔力を送り続け、完成させた。

それはもう一つの炎の花だ。花弁も茎も葉も全てが蒼炎で作られた極大の魔力塊。


「ちょっとぉ!?やばいわよぉ!」

「分かってる!!」

杖を放し、地面に手を突く。この『大墓地』は異界化しているため、地形への干渉が難しい。だけど、集中すればできなくもない。

地形に魔力を流し、俺の支配権を高める。そのうえで、錬金術を掛ける。

大地を変質させ、望む構成に組み替える。植物の無いこの地で作り出すのは難しいが、無理やり作り出す。


「〈琥珀蜜牢〉」

地面から染み出した樹脂が炎もろとも串刺しの神官を包み込む。膨大な熱が樹脂を蒸発させるが、それを超える魔力を注ぎ込み新たな樹脂を作り出し、無理やり術式を完成させる。

琥珀を器とし内部の時と状態を保存する封印術式。俺の仕える最上級の封印魔術だ。これを破られたらどうしようもない。

やがて樹脂は柱上に収束し、琥珀と化した。


「はあ……」

しんど。

一気に魔力が抜けた倦怠感を堪えながら立ち上がり、背後を見る。今もガーベラがアンデットたちと戦っている。見れば光弾は5つに増え、次々とアンデットたちを屠っている。近づく者もいたが、それは『死騎士』に殺されている。


何というか、理想的なタンクと魔法使いの戦闘って感じだ。……俺もあんな感じで戦いたいなぁ。勇者戦で使った『金騎士』はまだ壊れているし……。

ふと、頭の片隅で、飛び跳ねるゼノヴィアの姿を幻視した。あの子は連携とかできないから無いね。可能性があるとすれば、ゼノヴィアの配下の竜たちぐらいだろう。

とても竜とは思えないほどいい子たちだった。一人を除いて。


俺も手を出そうかと思っていたら、突如アンデットたちが燃え始めた。

「えぇ?」

ガーベラの困惑した声が響く。やがてアンデットたちは灰となり、消えた。

「あー、主が封印されたからかな?」

琥珀の柱を指さし言うと、ガーベラの困惑はますます強まった。

「ねえ、何もいないわよぉ?」

「…………ほんとだね」

琥珀の柱の中には、槍と神官と炎の花の型だけが残っている。そこにいたはずの中身はどこにもない。


「もしかして、独り占めするつもりぃ?」

間延びした口調に見合わぬ鋭い眼差し。冷然とした殺意すら感じる。

俺も反射的に魔力を漲らせ、攻撃に備える。

とても仲間同士とは思えない雰囲気へと変ずる。だが本来魔術師とはこういうものだ。己の利害のために協力しているだけでそこに信頼関係は存在しない。


「まさか。俺もどうしてこうなったのか知りたいぐらい」

俺が言われても納得できない理由を口にする。彼女の眉間も険しくなる。このままじゃ本当に殺し合いになりかねない。

「こうしないか?霊廟の中にあるものは全て君に渡す」

「だからぁ、あのアンデットは貴方に譲れと?」

「違う。失くしたお詫びだよ。俺も君とは戦いたくない」

ガーベラはしばらく悩んだ後、小さく首肯した。

ガーベラが霊廟内に収められていた魔具や礼装を回収した後、俺たちは大墓地を出た。その間、俺と彼女の間に会話は無かった。

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