かげぼうし
大葉奈 京庫
第1話
小暗い林の中で、枯葉が地を這うように動いている。辺りに人の気配は無かったが、悪戯な風のせいで、舞い降りたその枯葉の集積から乾いた音が聞こえてきた。それは物を打ち砕く銃声の響きにもどこか似ており、林の外側に広がる山々の色鮮やかな紅葉が息吹く風景にも不穏な空気を漂わせている。
粛々と林道を歩いていた服部半蔵は、不意に足を止めて天を仰いだ。そして二日前の駿府城での大御所との会話を思い出した。大御所とは江戸幕府を開いた徳川家康のことである。
この頃、家康は征夷大将軍の職を息子秀忠に譲り隠居の身なのだが、安閑とはしていられない事情があった。それは大阪城に居座る亡き太閤豊臣秀吉の遺児秀頼と、その母の淀殿を含めた周縁で蠢く反幕府勢力の存在である。
「よいな、しかとその目で確かめよ」
月夜の駿府城の奥座敷で半蔵は大御所の並々ならぬ執念を感じた。これはこの夏の、豊臣秀吉の十七回忌での大仏開眼供養に対する豊臣家への難癖や、さらに度を越した大坂城からの退去要求にも通じる、異様なまでに粘着的な老獪さからくるものだ。蝋燭の炎に照らされている古希を越えた堅い表情には、人生の修羅場で散々な苦渋を舐めた果てに、天下を統一した徳川家康の痛切な思いが滲み出ている。恐らく小石一つの落ち度で、盤石な体制が音を立てて崩壊する危うさを知り尽くしているのだ。なぜなら桶狭間の今川義元も本能寺の織田信長もその轍を踏んでしまったではないか。
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