金を増やす方法―なお転売は考えないものとする―
金塊を片手にフィオーネ王女の部屋を出ると、ヴァールは顔を青ざめて壁にもたれかかった。
「なんて無茶なことを……たったひと月で金を増やすなんて。お前の口から金を錬成するのは不可能だと言ったじゃないか。あの詐欺師のトリックを見破れば解決すれば」
「ヴィジャマが使った錬成は一目で仕組みはわかりました。入れたのは鉛の塊ではなくメッキのようにカバーを施したもの。その下に本物の金を仕込んでいたんです。そこに硫黄などを混ぜた液体を急速加熱の錬成陣を展開する。これで鉛だけを剥がせて、金が現れるという錬金術詐欺の典型例です」
「おいおい、ならその仕掛けを陛下にバラせばこんな賭けをしなくても済んだんじゃないか」
「いえ、問題は陛下の弁論術です。あの方は例えネタを明かしても、「隠れた金を見つける技術では」と返されるやもしれないです。実際不純物が混じった金を分ける錬金術は需要がありますから」
「しかし詐欺は詐欺。本当に金を増やすわけではない。そんな不正を許していいのか」
「錬金術とは可能性を探求する学問。たとえそれが失敗でも、別の方向から見れば成功するかもしれない。一つの物が万物に影響を及ぼす『一は全、全は一に』錬金術師の標語なの。どんなものでも可能性を否定してはいけない、でなければ金の錬成などの難題を解決できない」
『可能性を否定しない』大学で何度も聞かれた錬金術の金科玉条であるこの言葉にミリアムは惹かれていた。わずかなことでも繰り返し、何度でも挑戦して世の中に役立てる。
途方もない研究の積み重ねを一言で表した錬金術の教えをミリアムは守りたかった。
たとえ敵対する相手が詐欺に使った錬金術であっても、錬金術に失敗はない。
意志を曲げないミリアムの姿勢にヴァールは眼鏡を直して息を入れた。
「大学の時から相変わらずだな。それで、どうやって金を増やす? 必要な材料なら俺のポケットマネーで買い揃える」
「そうですね。じゃあ剣を一本お願いします」
***
「どの剣が希望だ。どれも俺の大事な愛刀だぞ」
「できれば私でも振れるような小さな剣を」
「小刀か。あいにく狩猟用ぐらいしかないな。あとは細剣か……」
剣を選びにヴァールの部屋に入り、希望の剣の選定を待つミリアム。先ほどの女王の部屋と異なりヴァールの部屋は壁に飾られた剣と棚に詰め込まれた書類の束が主張しており、一言で言えば無機質で、実直な性格が表れている。
「相変わらず飾り気がないね。学生の時みたい」
「思い出すな。異性新入禁止なのに、俺の教科書を比較のために見たいからっていきなり寮に乗り込んできて、冷や冷やしたぞ。多少の違反ならと強引に進む性格だとはな」
「私は驚きだったけどね。相部屋なのにそこだけ境界線が引かれているみたいにヴァールのところだけきれいにされていたから」
「その方が毎日の整理整頓がしやすいからな。経理も少し任されているから書類一枚でも紛失したら打ち首ものだ」
ヴァールが机の上を顎で指したところに、その資料が山積みにされていた。
「じゃあ女王様の家の収支報告書とかもあるの」
「あるぞ。中身は言うなよ、外部に漏れ出ないように厳命されているのだから」
紐でくくられた何十枚もある束が机の前に下ろされると、その中身を一枚づつ手早く読み込み始める。
ヴァールが始めに話したように女王の収支状況は赤字で借金を抱えており、王宮から支給される税金でも足らない状況だ。
だが幸い王女も浪費一辺倒の破綻した性格の持ち主ではなかった。有力貴族に金を貸し付けたり、商人を雇って自分の王室が使用する品を『王室御用達』という触れ込みで売るなど収入を得ていた。数年前までは収支は黒字になっていた。がこのところ収益が下がり始めた。これに定期的なパーティーの催しのための現金が必要となり借金をせざる負えず、借金のための金利分が上乗せされ結果赤字になった。
王宮からの金を増やすことは増税につながるから民衆に反感を買われるから断られる。頼みの綱である事業が不調で、手詰まりとなって詐欺師に手を出したというわけね。一応今までの黒字で貯めたお金が金として残っているからすぐに破綻するわけじゃない。だけど大量の金を保有していると借主に知られたら、すぐに返せと脅される。やはりあの女王様綱渡り気味だけどしたたかね。
「ほら、俺が昔使っていたやつだ」
ヴァールが持ってきたのはダガーナイフ、ちょうどミリアムが扱えるほどの大きさで重さもたいしたものでない。
「ありがとう大事に使うわね。じゃあ城下に向かいましょう」
「剣以外に必要なものがあるのなら、俺が買いこんでくるが」
「直々に城下に行かないと駄目なの」
だが、正門の前に着くと馬車は停まってなく。代わりにリチャールが馬を二頭引き連れて待っていた。
「ヴァール残念だが、馬車は女王様から使わないように伝えられた。使えるのはこの馬だけだと」
「どういうことですか」
「行動できる範囲は邸宅と王宮の城下町だけだと。それ以外の土地に出ていくの場合、失敗とみなすとな」
移動手段は馬のみ、だがミリアムは馬に乗れないためヴァールに乗せてもらう必要があるため二頭もいらない。これはリチャールが女王の監視としてついていくということだ。
「悪いな移動するのが行きよりも苦労させることになって、揺れるから俺にしっかり捕まってろ」
「ええ、しっかりあなたの細い体にしがみつきます」
「……もう少し恥ずかしがれば可愛げがあるのに」
お生憎様、学生時代にヴァールが授業の一環で半裸で訓練しているのを校庭で目撃しているから耐性ついちゃっているんです。
「にしても、女王様は私に預けた金塊の転売しないか警戒しているみたいね。」
「転売って、まさか金を増やす方法ってまさか」
「転売なんて最初から頭に入ってないから。あれ日ごとに変わる町のレートと睨めっこして、いざ売りに行ったら価格が下がってたり、情報そのものが間違いだってあるから狂人がやることだから。それに一月で二倍にするなんて無理」
「なるほど……とそれで俺が安心するわけないだろ、わざわざ剣を下げて城下に出るということは普通のやり方で解決するわけじゃないな」
「誰にも聞かれないように秘匿していたかったんだけど、ヴァールには教えておく。今回錬金術は使わないよ、相手が錬金術で詐欺をするなら、こっちは錬金術を使わずに意趣返しするんだから」
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