第6話 三日目②

 ここに残っている団員全員が広間に集まり、車座になって昼食を食べた。カルバスも外出している事もあり、スティルの隣に誰が座るかで阿呆共が揉めていたが、当のスティルが私と副団長を指名した為にその不毛な争いは終わった。次にじゃあ誰がその近くに座るかでも揉め合っていたが、副団長が階級の高い者から順に座れと一喝したおかげでこの騒ぎも収まった。なるほど。これが上手く対処できる人に任せる方法か。

 その後はスティルと同じ空間にいるというだけで満足したのか、阿呆共も無駄な騒ぎは起こさず銘々に食事の時間を楽しんだようだ。まぁ、スティルの近くに座った者達(勿論副団長も含む)は、彼女に何度も話し掛けてはいるが……。

「スティル様、お食事はお口に合いますか?」

「うん」

「スティル様、苦手な食べ物がありましたら、わたくしめが替わりに……」

「ううん、大丈夫」

「スティル様、お身体の方はもう大丈夫ですか?」

「うん」

 と、この様にスティルが相槌しか打たないので会話にはなっていない。彼女は目の前の料理しか見ていない。顔を横に向けようともしない。それでも愚か者共は話し掛け続け、スティルに振り向いてもらおうと必死だ。全くもって愚かしい。

スティルは一度だけ横を向いたが、それも私に「なんだかうるさくて疲れちゃった」と言う為だけだった。その言葉を「ここにいる全員を殺してもいい?」と解釈した私は、その場にいる全員から睨まれながらも彼女を連れてすぐに地下へ行った。ふざけた噂話を自ら肯定しているようで、そんな噂を立てた愚か者共全員に腹が立つ。


 部屋に入ると、スティルはぐったりした様子でソファに身を沈めた。

「無理にあんな事をしなくてもよかったのではないか?」

「うん……」

 私も向かい側のソファに座る。

「本当はね、一回全員殺してやろうかと思って集めたんだけど、流石に今魔力を大量に使うのはマズいし……」

 やっぱり殺す気だったのか。

「こういうのはもっと、ここぞ! っていうタイミングでやった方が、面白いかなって思ったの」

「どんなタイミングだ」

「う~ん、ディサエルが来た時とか? もしくは、実はわたしは破壊神でした~って言った後とか。勘違いしたままより、本当の事を知って絶望してる時の方が面白いもん」

「己の快楽の為だけに簡単に人を殺すな」

「でも今は殺さなかったもん」

 今は、な。

「それに……」

「何だ?」

「本当に、あなただけなんだなって思って」

「……何がだ?」

 何が私だけなのだろう。

「わたしを、わたしとして見てくれる子。わたし本来の力を知っている子。あの子達皆わたしを持ち上げようとするくせに、本当の意味ではわたしを信じてないんだもん。ああいう子達の中にいるの、本当に疲れる。自分がしたくてもできないからって、勝手にあなたとわたしが性行為をしてるんじゃないかって噂を流すし……」

「待て。キミ、あの話ちゃんと聞こえていたのか」

「当たり前でしょ。わたしを何だと思ってるの?」

「……神だ」

「よろしい」

 スティルは不貞腐れた顔をしながら、自分の隣を指差して「来て」と言う。断っても譲らないだろうから、私は彼女の隣に座った。すると彼女は私の身体に自分の身体を預けてきた。

「あー……スティル……?」

「疲れたから寝るね。おやすみ」

「いや……」

 彼女が瞼を閉じると、すぐに寝息が聞こえてきた。なんという早業。

「……」

 確かに私は恋愛だとか何だとかの感情を人に向けはしないが、他人に対して可愛いとか愛らしいとか全く思わない訳ではない。そこからその人と付き合いたいといった考えが出てこないだけの事だ。だが、スティルの様な(見た目だけなら)人畜無害の愛らしい少女に密着されると、流石に……。

(困る……)

 人を惹きつける様な芳しい花の香りが鼻孔をくすぐり、大いに困った。


「私、あいつらに……バラゴレア家の奴らに……」

 そこまで言って妹は嗚咽を漏らした。バラゴレア家には数世代前から因縁を付けられている。あまり良い噂を聞かない相手だ。

「あいつらに何をされたんだ?」

 なるべく優しく聞こえるように、私は妹に尋ねた。

「あいつ……あのドスコが、知ってたの。私の……婚約の事」

 妹には婚約者がいた。まだ具体的な話は出ていないが、いずれは結婚する予定だ。それをバラゴレア家一悪名高いと言われる長男のドスコが知っていても、おかしい話ではないのだが……。

「婚約の事で、何か言われたのか?」

 妹は口を開こうとして、また嗚咽を漏らした。まるでその先を言うのが苦痛であるかのように。私は妹が喋れるようになるのをじっと待った。

「結婚前に……したら……婚約、破棄……」

「……ッ‼」

 全身に怒りが沸き上がり、私は勢いよく立ち上がった。

「あいつに……されたのか……」

 妹は堰を切ったように泣き出した。そんな妹を、私は抱きしめ、背中をさすってやった。

「うっ……怖かった……。私、抵抗……したのに……ぐすっ……何人もいて、勝てなかった……」

「そうだな。怖かったな……」

 一対一なら妹だって勝てただろう。何せ私の妹だ。魔法だって強いし、護身用にと私が作った魔法道具を幾つか持たせてある。だがそれは、一対多数では意味をなさなかった。

(許せない……)

 妹を酷い目に合わせた事も、妹を泣かせた事も、私自身の未熟さも、全てが許せなかった。

「思い出させるようで悪いが……あいつらに、どこを触られた? あいつらが触れた物を何か持っているか?」

「……?」

「あいつらを……もっと酷い目に合わせてやる」

 妹の身体に残った奴らの魔力を採取し、そこから相手の強みや弱点を探り出した。時間は掛かったが、奴らに対抗する為の武器を作った。採取したものと同じ魔力に反応するとその威力を発揮させる武器を。奴らを呼び出し、妹にその武器を使わせた。

 結果的に、奴らはもっと酷い目に合った。無残に死んだのだ。だがこの時も私は己の未熟さを思い知らされた。奴らのものだけ採取したと思っていた魔力の中には、僅かながら妹のものも入っていた。

 妹も、死んでいた。


「……」

 気がつくと私はソファの上で横になっていた。目元を乱暴に拭って起き上がると、向かい側のソファで静かに本を読むスティルの姿が見えた。

「服を乾かした方がいいよ。汗でぐっしょり」

 本から目を離さずに言ってきた。眉間に皺を寄せている。気に入らないなら読まなければいいのに。

「この程度なら大丈夫だ。風邪を引く心配は無い」

「真っ昼間からしていたと思われたいの?」

「……すまない」

 私はすぐ魔法で服を乾かした。

「ワタシはどのくらい寝ていたのだ?」

「わたしが起きてからこの本を半分程読んだから、だいたいそのくらいの時間」

 何も分からない。

「今の時刻は、小腹が空いたけど、夕食にはまだ早いなって時間。あなたに用があれば誰かがここまで呼びに来ると思うから、ここにいたいならいていいよ」

「いや、大丈夫だ。誰もワタシに用が無いのなら、魔法薬を作っておきたい。失礼する」

「うん」

 もしかしたら引き留められるかもしれないと思ったのだが、彼女はすんなりと首を縦に振った。私は拍子抜けしつつも部屋を出て、訝しむような目を向けてきた見張り達を適当にあしらい廊下を歩いていった。

(何を期待していたのだワタシは)

 彼女に慰められる事をか? そんな事、彼女がする訳ないだろう。それとも彼女が鋭く何かを言ってくる事か? 別にずけずけとあれこれ言われたい訳でもない。

(いや、違う)

 彼女は私の意見を尊重したにすぎない。引き留めてほしいと思ったのは私だ。しかし愚かな私が虚勢を張って彼女の部屋を出たのだ。今の感情を吐露し、彼女にただ話を聞いていてほしかったのに。

(愚かだ……)

 人の事を散々馬鹿だの愚かだの言いつつも、自分が一番馬鹿で愚かな事くらい知っていたはずなのに。その愚かさが心底嫌になる。彼女に話を聞いてほしいのに、部屋に戻ろうともせず歩を進める自分はなんて馬鹿なのだ。「いていいよ」と言っていたのに。

 ただ泣き顔を、己の弱さを見られたくないだけで、出ていくなんて。


 医務室に戻り魔法薬の調合をしている内に、気分も落ち着いてきた。雨もいつの間にか止んでいる。捜索班もぞろぞろと戻ってきて一気に騒がしくなった。魔王は見つからなかっただの、生意気な子供がいただの、やたら不審な目で見られただの、口々に騒いでいる。

直に夕食の時間となる。時間になれば、またスティルの部屋へ食事を持っていかなければならない。

(面倒だ)

 できればこのまま一人でいたい。捜索班の誰かがスティルの要求したものを買いに行ったのであれば、それと一緒にそいつが食事も持っていけばいい。だが、スティルを他の愚か者と二人きりにするのは気が引ける。

(……面倒だ)

 己の感情が、面倒だ。

「悩み事でもあるのか? 珍しいな」

「……ギンズ」

 色とりどりの袋を抱えたギンズが医務室に入ってきた。こいつも捜索班だったか。騎士団の制服ではなく、この世界の多くの成人男性が着用しているというスーツと呼ばれる服を着ている。派手な装飾もない、簡素な格好だ。まぁ簡素さで言えば、動きやすさや汚れを気にする必要のなさを重視した私の格好の方が上なのだが。

「ワタシにだって悩む時くらいある。ディカニスには馬鹿が多いからな」

「僕みたいな凡人には分からないような悩みか。ところで僕も今悩んでいる事があってね。皆がスティル様の為に買ってきた物をスティル様にお渡ししたいんだが、もうすぐ食事の時間だろう? 短時間に何度もお邪魔するのは失礼ではないだろうか、と悩んでいるんだ」

「ではキミがその荷物と共に食事も持っていけばいいだろう」

 丁度いい。その方が好都合だ。こいつなら愚かさも他の奴らに比べればマシである。

「いいのかい? てっきり僕は、スティル様に食事を持っていくのは君じゃないといけない理由でもあるのかと思っていたのだけれど」

「それはセンマードンが他の愚か者に頼むと愚かな事をしないか心配しているだけの事だ。キミなら問題ないだろう」

「へえ。君は何も愚かな事をしていないんだ?」

「……何が言いたい?」

 ギンズが目を鋭くさせた。

「聞いたぞ。昼食をスティル様と共に皆で食べたって。でもその後君はスティル様を連れてスティル様の部屋に行ったそうじゃないか」

「それが何だ」

「君がどうやってスティル様を懐柔したのか知らないが、まさか堂々とそんな事をするなんてね」

 ……ああ、あのくだらん噂話か。服を乾かした所で何の意味も成さなかった。

「僕が聞いた時、君は否定したから僕はそれを信じたんだ。でも、ああ、そうだよな。そんな事をしているなんて知られたら大問題だ。僕だって隠すさ」

 どいつもこいつも、勝手に決めつけやがって。

「スティルの部屋で寝ていた、と言えばキミは満足するのか? いいや、しないだろうな。逆上するのは目に見えている。キミがスティルに、ワタシが彼女の部屋で何をしていたのか聞いたとしても、キミの望む回答が得られない限りは納得しないだろう。いや、ワタシやスティルがどんな回答をしてもキミは納得しない。そもそもワタシだけがスティルと共にいる時間が長い事を気に入っていないからだ。まぁそれはキミでなくても同様だろうがな」

「そうやってまたスティル様を呼び捨てに……」

「呼び捨てでいいと言われているのだ、ワタシは。彼女がどんな思いでいるのかも知らずにあれこれと押し付けるのは、彼女の怒りを買うだけだぞ。もっともキミがまた彼女に殺されたいと言うのなら、ワタシには止める権利はないがな」

「また? 君は一体何を言っているんだ。僕はスティル様に殺された事なんかない。そもそも今だってこうして君の目の前で生きて喋っているだろう。第一スティル様が人を殺す訳がない。スティル様は慈悲深いお方だ。君はどれだけ無礼を重ねれば気が済むんだ」

 忘れていた。こいつは殺された記憶をスティル本人に消されたのだった。

「そうだな。無礼を重ね過ぎた。ワタシの様な不躾な奴をスティルと二人きりにさせるのはさぞ悔しかろう。話は戻るが、キミが彼女の分の食事も持って行け。キミが彼女と二人きりになるがいい。そして彼女がどんなに素晴らしい神であるか、彼女の前で熱弁するんだ。泣いて喜ぶぞ。きっとキミも昇天するような気分になるだろうさ」

「言われなくてもそうするよ」

 最後にもう一睨みしてギンズは医務室を後にした。

(……)

「……スティル、どうせ聞いていたのだろう」

「あ、バレてた?」

 スティルの姿は見えないが、どこからか声だけ聞こえる。今朝だってあんな良いタイミングで入ってきたのだ。どこかで会話を聞いていたとしか思えない。

「使徒の声くらい聴けないと、神様なんてできないからね~。で、どうかしたの?」

「ああ。さっきは、その、キミの優しさを無下にしてすまない。ワタシも、もっと……あー、何だ。そう、素直に、なればよかった」

「そういう言葉がスムーズに出てこないあたり、素直じゃないよね」

「うるさいな。それで、あれは詫びだ」

「ふぅん……? あなたは殺したり殺されたりが嫌いなんだと思ってたけど?」

「汚いから嫌なのだ。それに普通、人の死はもみ消せないが、キミが殺した場合は違うだろう。以前の様に記憶も消しておいてくれ」

「あなたのイカレ具合も大概だね~。分かった。ありがとう。素直になればよかったって言うなら、後でちゃんとこっちに来てからまた謝ってね」

「ああ、そうする」

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