《なにがし》は騎馬と対峙す

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《なにがし》は騎馬と対峙す

 それは白馬に乗ってやってきた。

 騎馬武者は槍をかざした。

 黒い打裂羽織の少年は、腰の鍔の無い刀・無鍔刀を抜いて身構えた。

 場所は夜の埠頭。

 霧笛が鳴り響き、遠くの街並みにはネオンが輝いている。

 だが、二人の立つ空間だけが、まるで別世界のように静まり返っていた。

「果たし状で来てみれば、この21世紀に騎馬武者だと。俺も剣士をやってて大概たいがいだが、お前も相当だな」

 少年の声音は、どこか楽しげでさえあった。

「《なにがし》を討つのに、理由が必要か?」

 と、騎馬武者。

 その声は、若さの中に落ち着きを感じさせるものだった。

 一方、少年は肩をすくめた。

 そして、右手一本で無造作に刀を下げる。

 それだけで、ただならぬ気迫が周囲に発散された。

 次の瞬間――。

 騎馬武者がはしった。

 一足飛びの間合いまで一気に距離を詰めるや、手にしていた槍を突き出す。

 突進と突きの鋭さ。

 少年は、わずかに身体を傾けてこれを躱す。

 同時に相手の懐に飛び込んだ。

 間髪入れず、下から斜め上に切り上げる。

 しかし、その一撃は空を切った。

 馬が跳躍して避けたのだ。

 巨体が跳ぶ。

 世界記録では、240cmもの高さを飛び越えたという記録が残っている。

 そのまま馬は、少年の背後に着地する。

 武者は、すかさず槍の石突で後ろから殴りかかった。

 少年は振り向きざまに躱す。

 槍は風車のように回転させ襲いかかる。

 槍の持つ殺しの間合いの広さに加えて、馬上という高い位置からの攻撃である。

 普通なら防ぎようがないはずだった。

 ところが、少年はその攻撃をことごとく捌いていく。

 しかも、左手一本だけで……。

 驚くべきことに、彼は右手で刀を持ち、左手で鞘を持ち、それで槍を受け流しているのだ。

 槍の螻蛄首けらくび部分を鞘で押さえ、穂先を踏む。

 少年は相手の攻撃を完全に封じると、槍を踏み台にするように大きく踏み込むだけでなく、武者の腿を踏んで渾身の斬撃を放った。

 刃風が舞う。

 直後、槍を持っていた騎馬武者の腕が落ちた。

 腕だけではない。

 胴体の一部までも斬り飛ばされていた。

 少年は返り血を浴びる前に馬上より撤退する。

 上半身が血飛沫を上げ、武者は前のめりになって地面に落ちる。

 一瞬にして勝負が決まった。

 騎馬武者は、アスファルトの上に倒れ伏した。

 少年は無言のまま、しばらく相手を見つめていたが、やがて興味を失ったように背を向けた。

 刃を拭い鞘に納める。

 主を失った馬が、恐怖からか、いななきながら後ずさる。

 だが、彼に馬の命まで奪うつもりはなかった。

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