波間のいくさぶね

かやぶき

とある浮き桟橋の手記【艦船】

わたし、最近夢を見るんです。


あっ、今君たちも夢を見るのかって思いましたね? 意外とね、その辺にんげんと同じなんです。そんなオカルトっぽい話じゃないですよ。ほんとうに、普通の夢。だけど、よくおんなじ夢を見るの。


でもね、夢の中ではわたしは“私”なんです。“わたし”じゃないの。なんて言えばいいのかな、微妙な違いに思えるんですけどね。不思議ですよね、自分が自分じゃない夢なんて滅多に見ないはずなのに。


もう一つ妙な事もあって。白黒なんですよ、その時のわたしの夢。でも、カラーテレビが生まれる前のひとが見ていた夢って色が無いって、聞いた事があります。


夢の中では、わたし、いつも海の上に居るんです。わたしはまだ海に出た事無いのに、でも鮮明に分かるの。平らに開けた所や、何メートルも高くなっている場所。そこからずうっと水平線を眺めている。あんまり揺れないんですよ、“私”。前を走る“誰か”に比べて。それはきっと、“私”にとってちょっぴり自慢だったんじゃないのかな。


そうそう、“誰か”ですね。いつもいつも“私”の近くには誰かが居るんです。“私”よりずっと背が低くて、でも頼もしそうなひと。やんちゃで騒がしくて、でも“私”に懐いてくれていた様なこ達。“私”にいつも世話を焼くひと。そのひと達と接した時の、“私”の感情も染み込んでくるの。


最初に話したひとのことはきっと頼りにしていたんだろうな。弟みたいな、後輩みたいなこ達のことは可愛がっていたみたい。最後に言ったひと、あのひとのことはあんまり得意じゃなかったのかな。

そんな風に、まるでわたしが話しているみたいに感じる程に。いつでもとっても賑やかで、ああ愛されてたんだろうなぁって思えるんです。


だけど、だけど一番ずっと近くにいたひとは、そのひとの顔だけはどうしても分からないんです。“彼”は、“彼”でいいのかな、でも“私”とは仲良くないの。お互い妙な意地張っちゃってさ。

反抗期の兄弟同士、って感じですかね。顔突き合わせる度に口喧嘩して、誰かに咎められてた。わたしから見ると似たもの同士でどっちもどっちだ、って思うんですけど。


……思うんですけど、でも、でもきっと絆は深かったんだろうなぁ。仲悪いくせして、実は一番信頼してた。一番長い間組んで闘ってたから、息はぴったり。


ふふ、自分で言うのも何ですけど、“私達”強かったですよ。“私”も“彼”も、元だけどやっぱり戦艦って違いますね。それだけじゃないんだろうけど。裏では『化け物』とか『鎧袖一触』とか言われてたりして。わたしはかっこいいと思いますけどね。


パイロットがね、全然違うんです。こんな事言っちゃ悪いんだけど、後輩はおろか他国の人達なんて比べ物にならないくらい。ぐんぐん飛んでいってばったばったと撃ち墜とす。凄かったなぁ、わたしが直で見た訳じゃないですけどね。


って、ちょっと前まではそんな呑気な夢だったんです。一週間くらい前かな、大きな基地を目標にして海を進んでた。前には“彼”が居て、後ろには後輩達が居て。


出港してから一週間経たないくらいかな、“私達”は聞いたんですよ。わたし達からしたら最早伝説の指令、『ニイタカヤマノボレ1208』を。わたしの感情じゃないんですけど、“私”の気分は昂ってた。……作戦通り行きそうな喜びだけじゃなくて。怒り、とか、胸の痛み、そんなやり切れない想いがない混ぜになって。


その時“私”は“誰か”の名前を呟きました。誰の名前だったって? 何だったかな……確か、『土佐』って……すみません、よく覚えてないや。


そこから何回も何回も海に出たの。その前からも頻度は高かったですけどね。半ばこき使われてたもんなぁ、“私”。あ、でも、一回だけ。座礁したのかな? “彼”も後輩達も行ったけど、ひとりだけドックに居た時がありました。あの時は“彼”に笑われて大変だったみたい。でも、六人居たんですけど、武勲は凄かったですよ。……あの時までは。


一週間前からずっと、そんな闘いの夢ばかり見てました。でも多分今日が、今日の夢が最後じゃないかなって、そう思うんです。どうして、ですか? ――“私”が沈んだからですよ。


今更わたしがこんな事言うのも何ですけどね、勝てると思ってたんですよ。誰も負けるなんて考えてなかった。こんな油断もあったんでしょうね。夢なんだけど、でも目を閉じると鮮明に浮かびます。最初の攻撃は避けて墜として、何の苦にもならなかった。

だけど……ふと見上げると、空はがら空き。晴れてて、青い空だった。その時、太陽の光を反射して、何かが落ちてきたんです。“私”と“彼”、同時に叫んだ。その声、今でも耳にこびりついてます。『敵急降下爆撃機っ!』二人とも、そう叫んだ。


そこから先は、わたしにとってはあっという間で、よく覚えてません。ただ、熱くて、痛くて、視界が赤く霞んでた。頭は割れたように痛むし、体の中身から壊されてる感じがする。わたしから見ても、いや、沈没する船なんて見た事無いんですけど、ああこれは死ぬなって思いました。動かなかったんですもん、“私”の体。それでも何とか周りを見渡してみても、あと二つ、黒煙が上がってました。


そんな状況だったけど、でも“私”、“私”は……『死にたくない』だなんて、一回も言わなかった。体は動かなくて、足元は冷たくなって、それなのにまだ熱くて痛い。だけど、言わなかった。言わなかった、筈なんです、“私”。


ずっと、ただ、『生きてくれ』って願ってた……誰にでしょうか。乗組員でしょうか、後輩達でしょうか、それとも“彼”に向かって思っていたんでしょうか。わたしには分からない。

えっ、全員沈んだんですか? 乗組員の殉職者も一番多かった? ……そうですか。残念だな。


後はもう、わたしは殆ど覚えてません。夢から醒める一歩手前の、微睡みの中でしたから。いつの間にか全身も周りも冷たくなって、ああ暗いなぁ、って思ったら目が覚めた。きっと沈んだんでしょうねぇ……“私”。やけにリアルな夢だったな。あそこに居たのはわたしだったんじゃないかって思うくらいに。


だけど、やっぱり“私”であってわたしじゃない。だって、わたしには“私”の気持ち解らないんですからね。“私”が笑っていても何が楽しいのかは解らない。何を恨んでいたのかも、“彼”をどう思っていたのかも……解らない、筈なんです。なのに全部全部伝わってくる。わたしには解らない感情が。“私”、しあわせだったのかなぁ。……違うな、しあわせだったんだ、きっと。そう思っておきましょ。


ああ、ごめんなさい、突然こんな話始めて。どうかしちゃってましたね。だけど誰かに聞いて欲しかった。“私”の話を、誰かに。あなたなら、きっと分かってくれるかなって思ったの。――えっと、弟がありがとう、ですか? よく分かんないですけど、“私”の代わりに言っておきますか。どう致しまして、こちらこそ。


丁度そろそろ時間ですね、暇つぶししようと思ってたけどもういい時間。きっとそろそろ始まるからわたし行かなくちゃ。

いずも兄さんは見に来てくれるかなぁ。ひゅうがさんやいせさんはどうなんだろう、横須賀に居てくれたらいいんですけど。晩夏だけど、やっぱり外は暑いかな。海は凪いでるかな、風は吹いてるかな。全部全部、楽しみです。


――えっ、見守っててくれるんですか⁉︎ わたしの進水を? わぁ、ありがとうございます。嬉しいな……わたし、どんな名前を貰えるんでしょうね。素敵な名前だといいなぁ。


ああ、呼ばれてますね。本当に始まるんだ……! 一生に一度の晴れ舞台だって聞いたから、うーん、楽しみだなぁ! へへ、じゃあ行ってきます、天城さん。

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