第4話 悪役令嬢、海を渡る。

 炭酸をラッパ飲みしながら、リユは片足をイスに乗せて飯を食う。


「ホンマにうまい。アタシは料理が得意じゃねえ。食えんことはないんじゃが、人のために作ったことはないから雑になってまう。こんなにうまいメシなんて、人のために作れん」


「いいよ。料理は僕がやる。リユは、自分ができることをしてね」


 リユが、皿を差し出してきた。


 僕は皿を受け取って、おかわりを乗せる。


「おう。じゃあ、材料は取ってくるわい」


「そうしてね」


 その後も、リユはおかわりを三枚も要求してきた。


「ああ。最高じゃ。こんなうまいものを食ったのは、船出してからない」


「リユ、あんたはどうして、この地に?」


「腕試しじゃ」


「魔物だらけのここは、うってつけかもね」


 ここは国さえ持て余している、放棄された地区だ。周りは険しい山々に囲まれ、天然の動物や魔物も多い。誰かがいつの間にか住み着いても、どこかの貴族が占領していても、おそらく気づかれないだろう。


 おまけに最近、魔王軍率いる魔物の動きも活発になったようである。そのせいで、作物や動植物たちにも影響が出はじめた。そのせいで、ここは魔王軍の前線基地となりつつある。


 修行には、もってこいの場所だ。


「キヴァ伯爵っていうのは? 出身は?」


「こっから南へ回り込んで、ドーンと大陸を半周した先に、列島があるじゃろ? その中の、エィヒム島っちゅう島じゃ」


 やはり、東洋人か。たしかに服も剣の拵えも、東洋のものだ。


 列島からなる東洋の中で、一番小さい島だという。とはいえ、もっとも栄えているらしい。


「ひょっとして伯爵って言っても、辺境伯のことかな?」


「それじゃ! ようわかったのう!」


 リユが、手を叩く。


「辺境伯って、その辺の侯爵より偉かったりするよ?」


「かものう。帝都の帝から爵位をもろうたって、オヤジは自慢しておったぞい」


 十分、自慢していい身分だ。


「オヤジ殿から、『おめえみたいな乱暴者は、外に行って鍛え直してこい』って」


「よく海賊に狙われなかったね」


 北海には、魔族の加護を得た海賊がタムロしている。そのせいで、この近海では漁もできなかったはずだ。


「そんなもんも、いたのう。この大陸に乗り込もうって思うた途端に、襲いかかってきおった。返り討ちにしてやったがのう」


 知らずに蹴散らしたのかよ。おっかねえな。


「国を追い出されたんだわ。マナーとかもロクに覚えられんかったよってに、貴族には向いとらんって」


 笑いながら、またリユは炭酸をあおる。


「まあ、あんたはカトラリーより大剣の方が似合うし、カーテシーをするくらいならスカートを翻して戦っている方が様になる」


「そこまで言われると、照れるのう」


 リユは頭をかいた。


「いや、おそらく世間では褒め言葉じゃないよ」


「んじゃ、褒めとらんのか?」


「いや。褒めたよ」


 彼女にとっては、貴族生活なんて退屈の極みだったろう。


「そのせいで、婚約者も殴ってしもうて」


「どうして?」


「他に女がおったんじゃ」


 ウチと同じ理由じゃないか。


「キミは、その人が好きだったの?」


 殴るくらいだから、それなりに愛情はあったのかもしれない。


「全然じゃ。初めて見る顔じゃったよ。好いとる幼なじみと結婚せんと、アタシを選ぶっちゅうから、『おめえは大事な人をほっぽりだして、権力につくんか!』っつって。これよ」


 軽くリユが、右フックを振る。


「優しいんだね。リユは」


「今のは、褒め言葉として受け取るわい」


「褒めたよっ。ちゃんと」


 二人で、笑いあった。


「まさか、同じ境遇だったとはね」


 僕も自分の話をすると、リユが大笑いする。


「気に入った。面白いやつじゃ、お前は」


「ありがとう。褒め言葉だよね?」


「そうじゃ。んで、追い出されたアタシは、武器一つ持って旅に出たんよ」


「その武器だよね?」


 リユが持っている黒い大剣は、家宝とか東洋の伝統品とかではない。退治したモンスターがドロップしたアイテムを、そのまま使っているという。


 武器を見せてもらった。手入れはされているが、使い込み過ぎである。あと数回の戦闘で、壊れてしまうだろう。


「今度、いい武器を手に入れたら、交換するといい」


「ちょうどええ。そろそろ武器が、アタシのレベルとスキルに耐えきれんところじゃったから」


 僕の提案に、リユも乗ってきた。


「船でこっちまで来たんだよね? 航路は?」


 東洋からシンクレーグまで船で、ねえ。

 蒸気船が開発されたって言っても、一ヶ月はかかるぞ。


「近くまでは東洋の商用船に乗せてもらろうた」


 三週間かけて、南のバリナン王国まで来たらしい。そこからは一人乗りの小型船を一隻分けてもらい、シンクレーグ近海までたどり着いたという。


「よく、座礁しなかったね?」


「したわい。到着と同時に、船がぶっ壊れちまった」


 この近海は、暗礁地帯だ。北の方まで行かないと、ロクに岸につけない。


「おお。シンクレーグのことじゃ。偽装結婚したんはええ。街をなんとかせんと」


「うん。今後の予定なんだけどさ。キミ、この街の現状に、ムカついているっぽいね」


 リユが、ゴクリとノドを鳴らす。


「この土地の放置っぷりに」


「おう。街のゴーストタウンぶりが頭に来たんじゃ。まだ人が住んでおるのに、王様はなんの援助もせん」


「援助ができなかったからね。こちらも逼迫していた」


 北からは魔族、南からは軍事国家がいる。どちらを相手にしても、どちらかがスキを突いて攻めてきかねない。


「なんで南東は、シンクレーグみたいなヘンピな街を欲しがるんじゃ?」


「南東諸国は港がないどころか、海に面していないからだよ」


 そのせいで、南バリナン王国にでかい顔をされている。諸外国からの貿易品も、ほとんどバリナンが独占していた。南東はほぼ、バリナン王国の犬に近い。だから南東エリアは、シンクレーグをノドから手が出るほど欲している。


 しかし、今のシンクレーグを手に入れても、魔王軍をそのまま引き受けることになってしまう。だから、うかつには攻め込めない。


「それはわかっておるが、あんまりじゃ」


 リユが、テーブルを叩いた。


「優しいんだね。リユ嬢は。僕だって、頭にきているんだ」


 ボニファティウスは、あまりにもこのシンクレーグを放置しすぎだ。ここまでだなんて。


「当分は、魔物たちが拠点にしているダンジョンを潰すことになるよ。いいかい?」


「ええわい。ダンナさまたるおめえの言うことなら、何でも聞きますけん。おめえもしっかり、知恵を絞って働いてくれ。今はおめえの脳みそが頼りじゃ。その間は、アタシがおめえを守る」


 炭酸の瓶を、リユは空にした。


「ありがとうリユ。キミがいれば、僕は領主としてやっていけそうだ」


「そ、そうか?」


「ああ。じゃあ、おやすみ」


 僕は席を立つ。


 寝室は、紳士用の使用人室を借りた。


 ベッドのホコリを、風魔法で払う。火の魔法で乾かしてやると、毛布はフワフワ感を取り戻した。


「よし。おやすみ」


 下着だけになって、横たわる。


 はーあ。今日は疲れた。でも、現状把握が残っている。


 シンクレーグの経済状況を、把握する必要がある。街を周って、調べるか。


 孤児や避難民のケアは、金塊を崩せばどうにかなる。


 最悪の場合、ソラドロア王国のセレネ姫を頼ろう。僕と婚約破棄したわけだから、強く拒否はできまい。相手の弱みにつけこむみたいだからイヤなので、最終手段とする。


 とはいえ、ソラドロアと我が領土のパイプを繋げることができれば、多少は持ち直すかも。


 この地を根城にしつつある、魔族たちの動向も、気になっていた。奴らがこのシンクレーグを、どう攻めてくるのか。


「んな!」


 寝室に、何者かが攻めてきた。


「なんだリユ、か!?」


 紫のネグリジェ姿で、リユが僕の寝室に入ってくる。


「だんなさまーっ」


「なにをしにきたの?」


「はあ? 一緒に寝るんじゃ」

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