第2話 東洋の伯爵令嬢 リユ
伯爵令嬢だというのに、リユという少女は単身魔物を相手にしていた。しかも、恐ろしく強い。肉弾戦のみならず、魔法も多少こなす。技術は荒削りだが、単純な火力は彼女のほうが上だろう。
「そこの飛んでるのん! おめえも、街を襲いに来たんか? つか、おめえがボスか?」
リユ嬢が、僕を見つけた。
東洋・エィヒム地方の方言か。きれいな顔立ちだが、訛りが強すぎる。
「違う違う、リユ嬢とやら! 僕はディータ。冒険者だ」
僕はショートソードを振り回して、魔物の群れに竜巻を食らわせた。
「これで信じてくれた?」
「援軍かいな。ほったら、ちいと手伝ってくれえっ! あのブヨブヨが切れん!」
少女が指さしたのは、真っ黒いスライム状のモンスターだ。監視塔より大きく、家畜を取り込んで食べている。いつ人を襲うようになっても、おかしくない。
「こっちが【ファイアーボール】を打っても、すばしっこい上に当てても跳ね返されてまう。厄介な相手じゃ」
「あいつは、【メタリックジェル】だ。魔法は通じない」
「ほうか。めんどくせえのう」
「でも、手はあるよ」
もう敵は、あの一匹だけだ。街に多少の被害はでるかもだが、やるしかない。
「こっちだ【フリーズフィールド】!」
氷魔法を地面に放ち、魔物の足元を狙う。
「こちらは、リユ嬢、【滑走】だ!」
僕はリユ嬢のブーツに、氷魔法のエンチャントを施す。
「なんじゃ?」
「それで移動してみろ」
「おお、スイスイ動けるけん!」
リユ嬢がダッシュする度に、足元に氷が張る。
「これやったら、あの速さにも負けんぜ!」
リユ嬢が、氷の上を滑っていく。壁や屋根も気にしなくていい。すべて足場にして移動できる。
反撃の雷撃を、黒いスライムが放ってきた。
あれだけすばしっこかったスライムに、リユ嬢はあっという間に追いついた。
「今だ。ファイアーボールを」
「魔法は効かんのでは?」
「いいから。足元に撃つんだ!」
「おっしゃ」
ドンドンと、少女が大剣を振って火球を撃つ。
だが、火炎魔法は当たったそばから地面へ跳ね返った。
「ほれ見い。跳ね返っとるじゃろうが」
「いいんだ。攻撃を続けて」
「ようわからんのう!」
ドスンドスン、魔法を放つ。
よくあんなすさまじい火力を、息切れしないで撃てるものだ。とんでもないぞ。
あの剣は、杖の役割もしているのか。だとしたら、「効率が悪い」な。後でアドバイスしてみるか。
「これでホンマに、倒せるんんか?」
「ダメージは出ないよ」
「なんじゃと!? ムダ撃ちかいな!」
「ムダじゃない。やつはすばしっこい。だが、それが弱点になった」
ズルン! と、メタリックジェルがすっ転んだ。身体を滑らせて、宙を舞う。
メタリックジェルは、体格に似合わない高速移動が得意だ。それゆえに、バランスを失うと立て直しが難しい。
氷と炎の応酬で、地面は水浸しになっていた。そこへ高速移動なんてしたら、ただの小石に当たってもすっ転ぶ。
「今だ!」
「おおおおお!」
無防備になったメタリックジェルめがけて、リユ令嬢が突撃した。剣を構え、コアに向かって突き刺す。
ブルブルン! とメタリックジェルが苦しそうに振動して、爆発した。
「ぬお!」
「わっと!」
リユ令嬢の身体が、僕の方へ吹っ飛んでくる。
ウインドクッションも間に合わない。腕で抱きしめるしかなかった。柔らかい。あんな強いのに、綿みたいにフワフワだ。なにより……。
「どこ触っとる……」
「ごめん!」
うっかり、おっぱいを揉んでしまう。
「これは不可抗力で」
「ええけど! おっと!」
リユ嬢が、壁に剣を突き刺す。
あやうく、時計塔に激突するところだった。
だが、速度が落ちない。
「ウインドクッション!」
今度こそ、風魔法が間に合った。ふわっと身体が軽くな……らないっ。また二つのおっぱいに、僕は顔をうずめることになった。
「ひゃん」
リユ嬢が、小さく悲鳴を上げる。普段が勇ましいだけに、かわいい。
「ご、ごめんなさい」
その後、僕はレビテイトを調節して、無事にリユ嬢を下ろす。
「助かった。ありがとう」
ボクは、魔力石をリユ嬢に差し出す。
「ええんか?」
「いいよ。街を救ってくれてありがとう」
「こちらこそ、よく手伝ってくれた。でもスマン。大量の経験値じゃのに、独り占めを」
モンスターを倒すと、魔力石という金属になる。装備として加工しても、潰して自分の力にしてしまってもいい。
「いいって。キミが強くなったほうがよさそうだ」
「ほうか。なら遠慮なく」と、リユ嬢が魔力石を潰した。
魔力石から魔力が漏れて、リユ嬢に吸われていく。魔力石から出る魔力は【経験値】と呼ばれ、討伐者自身の強化に使う。特にメタル系は、魔力を膨大に溜め込んでいる。そのため、得られる経験値が高い。
だが、とどめを刺した人間にほとんど独占されるのだ。
僕たちが話していると、冒険者ギルドの職員たちがやってくる。
「ディータ様、ありがとうございます。この街はもうダメかと思いました」
受付嬢が、僕にお礼を言ってきた。
リユ嬢が一人だけ、事情がわかっていないような顔に。
「いや。いいんだ。僕は」
「お手紙は拝見いたしました。ボニファティウス家の方が、この地の領主になったと」
ギルドの受付嬢が言うと、「なぬ!」とリユ嬢が返す。
「まってくれい。話が違うではないかの?」
「そうなんですよぉ。事情が変わったんです」
どういうことか、受付嬢に尋ねてみた。
「で、この男が領主様とな?」
「はい。こちらの方はディートヘルム・ボニファティウス第四王子。ここシンクレーグの領主となった方です。といっても、我々は彼のことを【ノーブル・サベージ】のディータ様、とお呼びしておりますが」
「ほほう。ノーブル・サベージ。【高貴なる野蛮人】かえ」
貴族なのに冒険者とは、と、よく言われる。
僕にとって、冒険はほとんど趣味だ。新しい土地に行くのが、楽しくて仕方がない。未開の地を拓くのは、僕のあこがれである。
誰に似たんだろう。やはり、母方の祖父だろうか。あの人はゼロから国を立ち上げたもんね。
「このまま領地をこの子が占領したら、どうなるの?」
「最悪、ボニファティウスとは戦争ですかね。不法占拠ですから」
「物騒だな、おい」
僕たちが話し合っていると、急にリユ嬢が僕に膝をついた。
「どうしたの?」
「いやー、そのー。領主様。なんも知らんでこのシンクレーグを占領しようとして、すまんかったです」
「あ、いえ。その、こちらこそ、この街を助けてくれたのに、なんのお礼もできずにごめんなさい」
僕が詫びると、リユ嬢は首を振る。
「かまわん。アタシは出ていきますけん。さいなら」
大剣を担いで、リユ嬢は僕に背を向けた。
「あてはあるのですか? 放浪の旅でしょう?」
「答えは、風に吹かれてますきね」
歩くリユ嬢の姿は、勇ましい。でも、どこか寂しそうだな。
「ああ。嵐で船がないんじゃった。どうやって帰ろうかのう」
立ち止まって、リユ嬢はため息をつく。
「もうちょっと滞在しても」
「ええ。情が移ってまう。心配せんでも、また一人になるだけじゃ」
あの娘は、ひとりぼっちなんだよな。僕と同じだ。
「不法占拠を咎めない方法とか、ないかな? 強制退去以外に」
帰ったところで、国際問題になってしまう。どのみち東洋諸島が、我が国と戦になる可能性が高い。となれば、ウチも困る。いくら僕が追放された身といっても、この地を任されたからには、なんとかせねば。
あ、そうか。
「しもうた。荷物がそのままじゃった。すぐに片付けるんで待ってくれ」
リユ嬢が、朽ちた城に引き返す。
「そのままでいい。そこに住んでくれて」
「は?」
「それと、もしよかったら、僕と結婚してくれ」
「はあ!?」
やはりというか、予想通りのリアクションをされた。
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