第四話 「人狼戦線」 前編
「来るぞ」
ソーリンが言うか言わないかのうちに、怪物が飛び込んできた。
頭が狼の、半裸の男。
全身に、獣の毛。
右手に、短刀。
速い。
瞬く間に、詰まる間合い。
狼人間が、私に向かって短刀を振りかざした。
同時に、短剣を突き出す。
しかし、鉤爪のついた手が、刃を握り締めた。
私の短剣をもぎ取ろうとしながら、かみついてくる。
腹に力を込めて、狼男の突進を止める。
そこを、横合いからソーリンが手斧で殴りつけた。
横殴りに、狼男の脇腹に叩き込まれる斧頭。
それが、下の方の浮いてる肋骨を砕きながら反対側に抜けた。
狼男は、犬のような悲鳴を上げ、もんどりを打って倒れた。
手首を返し、振り抜いた斧頭の勢いを殺したソーリンは、素早く追撃の構えを見せる。
だが狼男は、一回寝返りを打って仰向けになり、もう一回打ってうつ伏せになり、そのまま息絶えた。
「一発かよ」
あっけにとられて、倒れた狼男とソーリンを交互に見る。
ソーリンは私に、片方の口角を吊り上げて見せた。
ソーリンの手斧が振るわれ、また一匹、猪人間が倒れた。
首の皮一枚残して、ほぼ断ち切られている。
私は、小さなやっとこを使って、猪の下牙を抜いた。
巾着袋の口を広げて、牙をしまう。
袋には狼やら猪やらの牙が、既にいくつも入っていて、じゃらりと音を立てた。
「この先は玄室になってる。棺があって、たいてい骸骨戦士が出てくる」
私が回収を終えたのを確認すると、ソーリンがそう言った。
中央に石棺があり、果たして、その中から人影が立ちあがった。
ノルドの戦士と同じような武具だが、ソーリンのそれに劣らず立派な物に見える。
眼鏡型の鼻当てがついた兜。裾が長く
左手に円盾、右手に片手剣。
そいつは、肌こそ黒く干からびているものの、まだ肉の厚みを保っていた。
「知らない奴だ! 出し惜しむな!」
ディーが、いきなり叫んだ。
ソーリンが、手斧を投げつけ、鞘から剣を抜いた。
死人の戦士は、円盾中心の鉄の椀で殴りつけるようにして、手斧を
弾かれた手斧が、思いがけない強さでこちらに滑ってくる。
慌てて、足をあげて避けた。
私の後ろから、何かが入った革袋が死人戦士に投げつけられた。
その革袋が、
勢いよく燃え広がる炎。
驚く間もなく、炎の中から外套を
円盾の縁で、右鎖骨を殴られる。
ごきん、と身体に響く嫌な音。
死人戦士は、倒れた私を無視した。
一直線に、後方のディーに襲いかかる。
ディーは、輝く杖を両手で構え、死人戦士に突き出した。
それは杖の長さに比して、遠すぎるように見えた。
しかし、彼女は、杖を持つ前手を滑らせた。
ほぼ後ろ手一本で突くようにして、間合いを伸ばす。
死人戦士は、足をつっぱるようにして急停止。
杖を、盾で反らした。
そこに駆け寄ったソーリンが、背後から襲い掛かる。
だが死人戦士は、身体を沈ませながら反転、ソーリンの足元に入り込んだ。
死人の両肩に担ぎ上げられたソーリンは、勢い余って頭から石畳に落ちる。
鈍い音。
私は、立ち上がろうとしたが、肩に走った激痛に膝をついてしまった。
死人戦士は、後退していくディーをしつように追う。
彼女が、白い何かを地面にばらまいた。
それは、瞬く間に形を変え、人の骸骨になって立ち上がった。
短刀と円盾を構え、ディーを守るように立ちはだかる二体の骸骨。
縁殴りを繰り出した骸骨に、同じように死人戦士は円盾をぶつけた。
そこに滑り込んだ死人戦士の剣が、骸骨の胸骨を砕いた。
「ソーリン! ソーリン!」
私は、叫んだ。
竜殺しの英雄は、身じろぎもしない。
その叔母は、輝く杖を石畳に突き立て、足を踏み鳴らし、吠えた。
人の声とは思えない、細く甲高い遠吠え。
残る一体の骸骨も、すねを砕かれた。
転がった骸骨を踏み砕き、
私は、
そのまま背を反らせ、裏投げ気味に共に倒れ込む。
顔を上げると、憤怒の形相のソーリンが、すぐ
異様に輝く眼光。
鼻面に
突き下ろされた剣が、仰向けになった死人戦士の胸をうがつ。
だが死人は、自らに刺さった刀身を握り締めた。
背を付けたまま床の上で身体を回すように滑らせ、ソーリンの膝を蹴る。
覆いかぶさるように倒れ込んだソーリンに、死人戦士は抱きついた。
死人の右手に、いつのまにか握られた
逆手に握られたそれが、ソーリンの首筋に突き立てられる。
飛び散る血。
私は、ソーリンの手斧を拾って駆け寄った。
組み合ったまま床を転がる二人に、狙いを定められない。
しかし、私が叩ける位置で、ソーリンが死人戦士を抑え込んだ。
渾身の力で、手斧を死人戦士の顔に振り下ろす。
「続けろ!」
"竜殺し"が叫ぶ。
若者が抑え込んだままの死人戦士に、何度も斧を叩きつけた。
やがて、ソーリンが転がって死人戦士から身を離す。
死人戦士は、もう動かなくなっていた。
「引き上げるよ! しっかりしな!」
いつの間にか傍に来ていたディーに、
彼女は、輝く杖を掲げて周囲に目を配っている。
私は、死人戦士の剣と円盾、兜を抱えた。
ソーリンは鎖かたびらを、乱暴に引っ張って脱がせてた。
昇降機の鉄籠に駆け込み、それを作動させると、我々はようやく互いの傷を改めた。
狭い
ディーが、水を含ませた
「首の傷、大丈夫なのかい?」
「……大丈夫。見た目は派手だけど、深手じゃないから」
彼の叔母はそう言った。
「良かった。頭から落ちた時も、やばいと思ったんだけど、運が良かったなぁ」
私は、そう言った。
ソーリンもディーも、何も答えなかった。
「……やっぱり、あれ、ディーの?」
右手の指を立て、適当に動かしてみせた。
彼女は、肯いた。
「それより、あんたの肩はどうなんだ?
ソーリンが、私に尋ねた。
「いや、怖い音がしてさ。鎖骨が折れたかと思ったよ」
右肩を上下させてみせた。
痛みはあるが、何とか動く。
「肩が外れて、またすぐはまったのかな」
右肩を左手で揉みながら、推しはかる。
「ソーリンにかけた術の、影響を受けたのかもしれない」
ディーは、唇を人差し指でなでつつ、言った。
「そんな事あるのか?」
「少なくとも、わたしは聞いた事がない」
甥が尋ね、叔母が答えた。
「でも、ほとんど血を失って空っぽの所から引き戻したから、少しわたしたちの血が混じったのかもね」
そんな風に、彼女は言った。
それから、彼女は私の身体に腕を回してきた。
「カスパー。守ってくれて、ありがとう」
思いの他、熱く、柔らかい感触だった。
「どういたしまして」
軽く抱き返して、努めて落ち着いた声音で答えた。
なのに、ソーリンが笑いをこらえて吹き出した。
ディーが、甥をにらむ。
上手くない言い草だったのは、それで判った。
声音か、表情か、仕草か、言葉か。
いずれかが狙った通りに行えなかったのか、選択が間違っていたのか。
あるいは、組み合わせに問題があったのかもしれない。
逆に過不足なく表現された私の意図なり性根そのものが、失笑物だったのかもしれない。
それをひも解くのは、私には難しい。
今度、ソーリンに尋ねてみようと、私は思った。
円盾の肩殴りのイメージ動画です。
https://youtu.be/dkhpqAGdZPc?t=7m1s
死人戦士が骸骨兵士を倒した技は、こんなイメージ
https://youtu.be/dkhpqAGdZPc?t=18m5s
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