第6話
今日はバレンタインデー。この日は毎年、職場がなんとなく浮足だっている。
女子社員にとっては、上司や同僚に適当なチョコを買ってきて、日頃の感謝を込めてなんて一言を添えて渡してやるのは、正直いって面倒な慣例だ。でも、そんな中にたまに本命が紛れ込んでいたりして、ちょっとした恋の話題になったりすることもあるから、この歳になっても女の子にとっては楽しいイベントには違いない。
男性社員も、何人もの女子社員にチョコを貰えるから、なんだかモテた気分になって、今日はみんな機嫌が良かった。
私も例外なく、デパートで買ったチョコを同じ課の男性社員みんなに配った。もちろん、周吾さんにもね。こだわり抜いた材料で昨日の夜に作った、本命の手作りチョコレートケーキは、朝のうちにこっそりお部屋に置いてきた。家に帰って見つけたら、びっくりしてくれるかな?
今日はそれだけではなくて、終業後にはデートの約束もある。急いで仕事を終わらせないと、と、あっちにこっちにと、私は忙しく動いた。
上階にある総務課での用事が終わってパタパタと小走りで階段を降りていると、何やら話し声がした。
──周吾さんの声だわ! 偶然すれ違えることに嬉しさを覚えながら、彼が見えるところまで、階段を降りる。
母親と電話中のようだった。普段、私や職場の人には見せない、なにも取り繕わない声音や言い回しがなんだか新鮮で、ついつい立ち止まって、彼の、母親に宛てた電話の声に聞き入ってしまった。
「──それより母さんさあ、ずっと言おうと思ってたんだけど、俺のアパートでちょいちょい家事していくのやめてくれない? 一応合鍵は渡したけど、勝手に入っていいとは言ってないだろ……」
あ、しまった。目が合っちゃった。
周吾さんはちょっと慌てて「じゃ、今仕事中だから! 次は昼間にかけてくんなよ!」と、電話を切る。
「ああ、三木さん。なんだか恥ずかしいところを見られちゃったね。何か、用だった?」
彼は顔を少し赤らめてはにかんだ笑顔で言った。特に用があったわけではないので、その旨を伝える。
「そっか、通り道、塞いじゃってたんだね。ごめん! じゃあ俺は仕事に戻るよ」
電話をポケットにしまいながら、周吾さんは爽やかにその場を去っていく。……ああ、かっこいいなぁ。私は思わずほぅっとため息をついた。──いやいや、
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