第12話:内乱
帝国歴222年7月9日:グレリア帝国皇城皇太子私室
「グレコ王国の状況はどうなっている?」
グレリア帝国の皇太子であるシモーネが腹心の家臣に問い質した。
「血で血を洗う激しい内戦になっております」
腹心の答えに、シモーネは自分のやりかたが間違っていなかったと考える。
これで何十回目か分からない自問自答だった。
属国の王子であるインマヌエルが、宗主国の皇太子であるシモーネを殺そうとした事は絶対に許されない。
知らなかったですまされる事ではない。
大使館から重要人物だから手出しするなと厳命してあったのを殺そうとした。
宗主国に対する反逆以外の何物でもない。
だからシモーネが、愚かなインマヌエル第1王子とカタ―ニョ公爵家の行状をベネディクトゥス王に伝え、身内贔屓を糾弾した事も間違っていない。
身内を大切にするというのなら、ミアも大切にすべきだろう。
ただ、内乱を引き起こす気はなかった。
属国であろうと、民を苦しめる気はなかった。
「ベネディクトゥス王は一代の英傑だったのだろう?
ヤコブ第3王子とロンバルディ商会を討伐出来ないのはどういう理由だ?」
シモーネが失敗したと思っているのは、情報収集が少なかった事だ。
ミアの事で頭に血が上ってしまい、もう少し状況を見極めてから叱責すべきだと側近に諫言されたのに、即座にベネディクトゥス王を厳しく叱責してしまった。
宗主国の皇太子を、自分の子供が殺そうとした。
絶対に許されない大罪である。
奪うだけの宗主国ではなく、王国再建時に莫大な資金を貸してくれているのだ。
ベネディクトゥス王が国を守るために、インマヌエル第1王子とカタ―ニョ公爵達を皆殺しにしようとしたのは当然だった。
罰しなければ宗主国から討伐軍が送られてくる。
皇帝陛下の性格なら、適当な詫びですまされるはずがない。
ベネディクトゥス王が、一連の事件に関係した者に厳罰を与えようとしたのは当然だったが、幾つかの大きな誤算があった。
問題の1つは、ヤコブ第3王子が自分以外の王位継承権者を皆殺しにして、グレコ王国の国王になろうと準備していた事。
ヤコブはインマヌエルが処刑された直後に王城内で蜂起し、自分以外の王子を皆殺しにしたのだ。
いや、王位継承権を持つ男子を根絶やしにする勢いで殺しまくったのだ。
問題の1つは、ロンバルディ商会がタダの武器商人ではなかった事。
ロンバルディ商会は、200年前にグレコ王国の建国王に滅ぼされたはずの、前王朝の末裔だったのだ。
このままではベネディクトゥス王に処刑されると知ったロンバルディ商会の会長は、200年かけて蓄えた武器と軍資金を使って反乱を起こした。
200年かけて構築した反王家連合を率いて。
「ベネディクトゥス王が敗死してくれるのが1番都合がいい。
勝ってしまいそうなら介入するしかないが、どう思う?」
シモーネには2面性があった。
無私の心で、命を捨てて弱い者を助けようとするミアに恋い焦がれる面。
帝王学を叩き込まれた冷徹な為政者としての面。
恋したミアを幸せにしたいという純粋な心。
ミアを苦しめた者達を皆殺しにしてやると誓う残虐な心。
できるだけ帝国に被害を与えずにグレコ王国を併合しようとする計算高い性格。
そんなシモーネの性格が非情な策を選んだ。
「ベネディクトゥス陛下は智勇兼備の英傑ではあられますが、戦場の猛将とまではいえません。
戦場の勇将猛将は下級貴族に多く、ヤコブ第3王子に味方しております。
名の有る傭兵や冒険者の多くは、ロンバルディ商会が大金を払って味方につけておりますので、勝ち目は薄いかと思われます」
「では、ベネディクトゥス王から皇帝陛下に来ている援軍要請を断りさえすれば、勝手に滅んでくれそうだな」
「はい」
シモーネは1日でも早くミアを皇太子妃に迎えたかった。
だが、皇太子妃に求められる教養や礼儀作法はとても厳しい。
18歳まで全くマナーを教えてもらえなかったミアにはハードルが高すぎた。
2カ月の間で目を見張るほど向上したが、まだまだ先は長い。
士族家の女中として働く、厳しく躾けられた平民娘にも及ばない。
そんなマナーの成っていない娘でも、シモーネが寵愛したとなれば皇太子宮の中に部屋を与えられるが、正式な妃とは認められない。
性的な女性家臣として扱われるだけだ。
その中でも才能がある者が公妾とされ、社交を行う事まで許される。
だが今のミアでは社交を行う事などできない。
だが、礼儀作法が全くできなくても、皇太子妃に成る方法がある。
皇帝や帝国貴族達が認めるしかないくらいの大きな利を持っている事だ。
ミアがグレコ王家で1番血の濃い令嬢になればいいのだ。
既にヤコブ第3王子の凶行でベネディクトゥス王の子供は皆殺しにされている。
王位継承権の有る公爵家もロンバルディ商会に滅ぼされている。
このまま戦いが長引けば、傍系王家も全て断絶するだろう。
そうなれば、次の王は宗家である皇室から出される。
ただ、周辺国や生き残ったグレコ王国貴族の反発を抑えようと思えば、生き残っているグレコ王家縁の令嬢を王妃に向かえるべきだ。
皇太子であるシモーネがミアを妃に迎え、第1皇子が帝国を継ぎ、第2皇子が王国を継ぐのが、1番損害が少なく利が多い。
そう皇帝や帝国貴族に思わせる事ができれば、事情の有るミアが少々礼儀しらずでも妃として認められるはずだ。
シモーネは自分に都合よく考えていた。
だが全く問題がないと思っている訳ではなかった。
グレコ王国を多くの勢力が狙っている事も理解していた。
帝国に友好的か敵対しているかの問題に関係なく、隣国が乱れたらそれに付け込んで利を得ようとするのは常識だ。
このまま内乱が長引けば必ず攻め込んでくる。
そして帝国貴族も必ず介入してくる。
特にグレコ王家と血縁関係を結んでいる帝国貴族は、この絶好の機会に一族から属国王を出そうとするだろう。
何と言ってもグレコ王国は帝国の属国だったのだ。
建国王はその当時の帝国第2皇子だし、付き従った者達は帝国貴族の子弟だ。
ほとんどのグレコ王国貴族は、帝国貴族の末裔なのだ。
「俺は皇帝陛下にミアとの結婚を認めてもらいに行ってくる。
お前達は引き続き王国の監視を続けろ。
俺の望みは分かっているな?
必要ならベネディクトゥスを暗殺して、ヤコブやロンバルディ商会の仕業に見せかけろ」
「御意」
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