【完結】黒い泥-兵庫県警組織犯罪対策課・古谷善太郎-

卯月 絢華

Phase 00 依頼人

 僕は、夜の三宮で一人煙草たばこを吸ってたたずんでいた。煙草は人体に悪いと聞いていたが、嗜好物しこうぶつをやめられないのは事実だ。もちろん、禁煙区域で煙草を吸うという真似はしていない。僕が煙草を吸う場所といえば、もっぱら路地裏である。

 煙草を吸い終わって、表通りに出る。今日は金曜日というのも相まって、周辺は賑やかである。仕事終わりのサラリーマンやデート中のカップル、インスタ映えを狙って自撮りをする女性など、色々な人間が集まっている。僕は、こういう職業柄からつい人間観察をしてしまうのだが、特に怪しそうな人はいない。少し考えすぎだろうか。

 しかし、生田いくたロードから生田新道いくたしんみちの方に曲がると、空気は一変する。悪質なキャッチや客引き、そして所謂いわゆる立ちんぼと呼ばれる女性が跋扈ばっこしている。彼らは半グレ集団の眷属けんぞくであり、僕は兵庫県警でそれらを取り締まる仕事をしていた。しかし、とある事件で僕は兵庫県警を事実上追放。大泉警部の温情でなんとか踏みとどまっているのが現状だ。

 そして、僕は東門街ひがしもんがいのラブホテルへと向かった。今回の事件の依頼人に会うためだ。もちろん、大泉警部の了解は取ってある。

「兵庫県け……じゃなかった。古谷善太郎ふるやぜんたろうだ。円愛梨まどかあいりという女性は宿泊していないか」

 無愛想な女性が僕の質問に答える。発音から恐らく中国人だろうか。

「この部屋。円さんは、そこにいる」

「ありがとう。その部屋に向かわせてもらう」

 今にも壊れそうな古いエレベーターのボタンを押す。階の到着を告げるチャイムの音が、ひずんで聞こえる。

 そのまま通路を歩いて、604号室と書かれたドアをノックする。

「僕だ。古谷善太郎だ。円愛梨で間違いないか」

「そうよ。鍵を開けるから待っていて」

 ドアの向こうには、幸薄はっこうそうな女性が立っていた。訳ありで三宮の吹き溜まりに辿り着いたのだろうか。茶色いロングヘアーに、無機質な乳房が目を引く。乳房に関しては、恐らく豊胸手術を施したのだろう。バスルームから出たばかりなのか、少し顔が赤くなっていた。

 僕は、そのまま部屋へと入っていく。昔ながらのラブホテルと言った感じの部屋で、淫らなピンク色の照明が辺りを照らしている。僕は、その場に似つかわしくない会話をする。

「どうして僕が兵庫県警だと気付いたんだ」

「簡単よ。女の勘をナメないでくれる?」

「それはそうだが、僕にも守秘義務しゅひぎむがある。それに、僕はとっくの昔に兵庫県警から追放されている。事実上の解雇だ」

「じゃあ、旬くんからの話は聞いてる?」

「当然だ。僕はだからな」

「なるほど、ロボットなのね。確かに、アンタの顔に人間らしい表情はない。まるで、喜怒哀楽という表情すべてを失ったようだよ」

「そうか。それはとある女刑事にも指摘された」

「女刑事?」

西田仁美にしだひとみという兵庫県警捜査一課の刑事だ。どういうわけか、彼女は僕の周りを嗅ぎ回っている」

「それって、捜査一課と組織犯罪対策課の間に因縁でもあるってことなの?」

「それはどうだろうか。正直言って僕にも分からない。それよりも、早く本題に入らせてくれ」

「はいはい。私、付き合っていた彼氏が山谷組のヤクザだったのよ。そうだと気づかずに付き合っていた私も悪いんだけど、多額の借金を背負わされることになった。その額は3000万円。正直言って払える額じゃないわ。それで、アンタには彼氏の事を洗いざらい調べて欲しいわけ。これ、彼氏のデータだから」

 僕はスマホでアドレス帳のデータを受信した。名前には四隅行雄よすみいくおと書かれていた。とてもヤクザとは思えない好青年の顔が、スマホの画面に映し出されている。

「四隅行雄か。名前は聞いたことがあるな」

「流石刑事さん。知っていたのね」

「ああ。彼はヤミ金融を営んでいるとして組織犯罪対策課でもマークしていた。まさか、本物のヤクザだとは思わなかった」

「ヤクザだったら、めちゃくちゃお金持ってそうなのに……。そこまでしてお金が欲しい理由って、何かあるのかしら」

「それは僕にも分からない。しかし、ヤクザの資金源となると放っておけないな。僕がなんとかしなければ」

「そうね。アンタならなんとかしてくれると思っているわ」

「僕はこれで失礼する。急いで大泉警部の元に戻らないといけない」

「まあ、そうは言わずに……」

 そう言って、愛梨は全てをさらけ出した。ただでさえこぼれそうな乳房が、揺れている。これは、僕を誘っているのだろうか。

「今日だけは、アンタは私のモノよ」

 その甘い言葉に、僕も全てを曝け出す。そして、そのまま愛梨のいるベッドへと入った。己の黒い蛇を、愛梨の花弁はなびらへと絡ませる。愛梨は苦痛とも悦びとも取れる喘ぎ声を上げている。そして、シリコン製の乳房を掴んだ。冷たくて無機質な感触が、僕の手にねっとりとまとわりつく。愛梨の心臓の鼓動に合わせて、僕は腰を振る。愛梨はひたすら喘ぎ声を上げている。愛梨の熱くて荒い吐息が、段々と激しくなる。そして、己の蛇を愛梨の花弁の中へと入れた時、僕は愛梨と一つの生命体になった。


 ――その夜の事は、出来れば忘れたかった。

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