変わりたい

捻挫

プロローグ 蔓延る『青』




 東京の、それも人通りの多い通りを真っ昼間に歩いていると、ふと思う。視界が真っ青だと。


 目の前が真っ青なのは、俺の精神がすぐれないわけでも、空が青いわけでもない。


 文字通り、目に写る人々が真っ青なのだ。いや、正確に言えば、二度と会わないだろう人々、その一人一人の髪が青いのだ。


 皆、濃淡に違いはあれど紛うことなき『青』をまとい、あてもなく彷徨さまよう俺の視界はさながら大海原にまれているようだった。


 しかし、これが海だと言うのなら、次に起こることはわかっている。『青』ではない俺はここで泳げずに海底かいていへと沈んでいくのだ。


 初めは踊るように。そして、しまいには眠るように底へ向かい、どことも知れない海の底に置き去りにされてしまうのだろう。


 そんな想像をしたからだろうか。周りの酸素が急に薄くなった気がした。不味い。


 咄嗟とっさに人でごった返した大通りをすばやく抜け、手頃な小径しょうけいに飛び込む。支えを求めるように近くの壁にもたれかかると、自分の呼吸だけが耳に届いていた。息が荒い。もれなく窒息寸言だった。


 背中から伝わる冷たい壁の感触に安堵を覚えるが、それも長くは続いてくれない。『青』がここまで溢れてくるのではないかという不安がふつふつと湧いて、目深に被ったフードをぐいぐいと引き下げる。


 俺は『青』ではない。かといってその対を為す『赤』でもない。ただ、『青』にも『赤』にもなれない半端者だ。


 フードを握っていた手から次第に力が抜け、壁づたいにズルズルとへたり込む。


 「クソッ、なんで俺だけが……こんな思いをするくらいなら、いっそ……」



 いっそ『青』になってしまいたい。



 口にはせずとも心の中で強く願う。


 叶うはずもない願いに熱はなく、無性に身体の奥が凍えた。


 それが高一の秋だった。



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