第18話:街デート




「凄ぉい!綺麗!街並みからしてぇ、全然違ぁう」

 マリーズが大袈裟に驚いて見せているのは、高級店が並ぶ貴族街の一角である。

 通常、伯爵家の令嬢が来られる場所では無く、婚約者が侯公爵家か、余程裕福でなければ来られない。

 準男爵家の令嬢で、ジスランが一緒とはいえここに平気で来ていたコレットは、鋼の心臓と言える。


 舗装された石畳の道は、マリーズの行きなれていた方の街とは全然違った。

 馬車の揺れ方も、この街に入った途端に驚くほど無くなった。

 歩道もでこぼこがほとんどなく、段差に足を取られて転びそうになる事も無さそうだ。



 街デートで、マリーズはよく段差に足を取られて体勢を崩していた。

 デートなので気合を入れて、少し踵の高い靴を履いていたからだ。

 転ぶほどでは無かったが、体がグラリと揺れても、ジスランが手を貸す事は無かった。

「鈍臭いな。そんな事しても手は繋がないぞ」

 そのような浅ましい考えは毛頭無かったマリーズだが、誤解された事自体が恥ずかしくて、羞恥で頬を染めた。


 頬に朱をさしたマリーズを見て、ジスランはフンッと鼻を鳴らして先を歩き出す。

 当時は照れていると思っていたのだが、本気で軽蔑していたのだろう。

 マリーズが手を繋ぎたくて演技していると。



「あ!」

 マリーズは小さく悲鳴を上げて、つまずいた振りをする。

 今日は学園の制服なので、靴のヒールはかなり低い。

 それにこの舗装された石畳。

 子供でもなければつまずかないだろう。


「大丈夫か?マリー!」

 ジスランは、迷わずにマリーズへと手を差し出す。

「大丈夫ですよぉ」

 マリーズは差し出された手には視線を向けず、すぐ横の店へと視線を移す。

 咄嗟に叩き落としてしまいそうだった。


 作戦が上手くいっているのに、いや、上手くいっているからこそ、イライラするのだ。

 今のマリーズよりも、前回の方が我儘を言わなかったし、余程尽くしていた。

 顔も化粧を変えただけで、根本は変わっていないのだ。

 それなのに、なぜここまで違うのだろう、と。




「マリー、ここに入ろう」

 ジスランに示されたのは、前回コレットが自慢気に話していた宝飾店だった。

 本来学生が入れるような店では無い。

 所謂いわゆるアルドワン公爵家御用達、というものなのだろう。


「マリーはぁ、宝石は似合わないから要りませんっ!」

 マリーズはキッパリと断った。

「マリーよりぃ、コレットに買ってあげてくださいね!コレット、今、大変みたいなんですぅ」

 昨夜、ジスランに街デートに誘われたので、前回のを見直してみたのだ。


『学園でモテるジスランを手放さない為に、家が大変で仕事を増やさなくてはいけないかも……と、コレットは相談して、毎月お金を貰えるようにした』

 その時にコレットは自慢気に言っていた。

「街にデートに行ってぇ、美味しい食事をしたりカフェに行ってお話したりぃ、時には高い宝飾品を買って貰って、更にお小遣いを貰ってたのよ?アンタには無理な芸当でしょぅ?」と。


「コレットの事は、本人からも聞いている。だが、それとこれとは話が別だ。僕がコレットでは無く、マリーに贈りたいんだよ」

 ジスランは店の扉を開けて、中に入るようにマリーをうながす。

 貴族令嬢としては、従わない訳にはいかない。


 店の扉をくぐる時、申し訳なさそうに俯きながら、マリーズの口端はニヤリと吊り上がっていた。



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