第17話:心配なので




 思った以上にジスランはマリーズに傾倒していた。

 嬉しい誤算である。


 食堂で初日に揉めたので、昼は諦めようかと思っていたマリーズの元に、翌日からジスランが迎えに来た。

 しかも押し付けるのではなく、「今日はどちらに行く?」と聞いて来て、高級食堂ならば一緒に食べるのだ。

 その場にミレイユが居ても、文句を言った事は無い。


「あの方は、本当にマリー様を大切にしておりますのね」

 3ヶ月程経ったある日、ミレイユがマリーズにしみじみと言う。

「えぇ?そうですかぁ?」

 小首を傾げて答えるマリーズを見て、ミレイユが呆れたような表情をする。


「毎日、公爵令息が1年生の教室まで迎えに来るのですよ?それに、マリー様の予定に合わせるなど、愛がなければ出来ませんわ」

 ミレイユは手放しに褒めるが、マリーズは「そうですかぁ?」と曖昧に笑った。

 どれだけ今愛されても、もう既に、マリーズの心はジスランにより壊されている。




「マリー、街に行かないか?」

 ある日、昼食時にジスランがマリーズを街デートに誘った。

 一緒に居たミレイユは、まるで自分が誘われたかのように目を見開いて、嬉しそうな顔でマリーズを見た。

「でもぉ、街だとコレットが……」

 マリーズはいつもの断り文句を口にする。

 まだコレットとマリーズは友人だ、という設定は生きていた。


「大丈夫だ。コレットだけでは来る事の出来ない方へ行こう」

 ジスランが提案しているのは、前回はコレットを連れて行った高級店が並ぶ街だろう。

 今回は連れて行っていないようである。

 それならば、まだコレットにそれほど貢いでいないのかもしれない。


「マリーと出掛けても、面白く無いかもしれませんよぉ?」

 ここですぐに了解すると、ジスランに主導権を取られてしまう。

 あくまでもマリーズは、自分が優位に立ちたいのだ。

「マリーと一緒に居られるだけで、僕は楽しいし幸せだよ」

 ジスランは甘い笑顔をマリーズに向けた。



「断ってしまって良かったのですか?」

 教室に戻った途端、ミレイユはマリーズへと質問をする。

 その距離の近さは、思わずマリーズが体を引いてしまう程だ。

「だってぇ、今日は家に何も言って無いから無理ですぅ」

 マリーズはジスランへの断り文句を、ミレイユへともう一度告げる。


 そう。

 家に許可を取らないと無理だと、ジスランからの誘いを断ったのだ。

「公爵家令息からのお誘いならば、事後報告でも良さそうですけれど……」

 ミレイユの言う事は、もっともな事だった。

 公爵家との繋がりを持てるのならば、学校帰りの寄り道くらい許されるだろう。


「駄目ですぅ。マリーは家族に心配を掛けたくないのですぅ」

 前回、家族にはさぞかし心配を掛けた事だろう。

 結婚してから亡くなるまで、一度も実家に帰れなかった。

 それどころか、一度も家族に会う事が出来なかった。


 何度か手紙を書かされた。

 妊娠中は、悪阻つわりが酷くて人に会えないけど、大切にされていると。

 出産後には、体調が戻らないので公爵領で療養すると。

 産後の肥立ちが悪くて、皆に会えなくてごめんなさいと、自分に非があるとする手紙を。


「マリーはぁ、家族に心配を掛ける娘にはなりたくないのですぅ」

 もう一度呟いたマリーズの声は、酷く小さくて、とても気持ちがこもっていた。



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