十六夜のあなたへ
大西乃奨
十六夜の貴女へ
「あなたは十六歳になった時、また霊が視えるようになってしまう」
母が亡くなる前に言われた言葉は本当だった。
顔へ容赦なく吹きつける凍てつく十二月の風。
それよりもこの先にいる存在はつめたく重苦しい。
踏切の先で片足をなくした顔の黒い女の子が、自分のことをじっと見ている。待っている。
脳内に鳴り響いてくる言葉に決して意識を向けてはいけない。
目があえば間違いなく纏わりつかれるのだから。
これまでの経験から、顔が黒い霊は厄介で危険である。
前だけを見据え歩いて、女の子の横を通り過ぎようとしたその時、「アシ、チョウダイ」何重にも割れたような低い声。
その言葉に一瞬、ほんの一瞬、飛鳥の歩みが止まる。しまった、と心の中で思ったが再度おののく足を踏み出した。
まだ何かブツブツと呟いているけれど、こんな危険な霊は相手をしてはいけない。近くまでくると嫌でも視えてきてしまう。
目は窪みその中の空洞は、顔の黒さよりも更に深い黒だ。
飛鳥が霊を捉えはじめたのは四歳の頃。いや、もっと以前から見えていたのかもしれない。しかし覚えている限りではその辺りだった。
今でも強く鮮明に覚えている。全く知らない、見たこともない神社の境内で一人の小さな女の子とよく遊んだことを。飛鳥と同年ぐらいか、静かにわらう子で、いつも薄紫の装束を着ていた。だが不思議なことに顔を思い出せない。正確にいうと目もとが思い出せない。思い出そうとしてもその子の顔には白い霞がかかっているのだ。
覚えているのは薄紫の装束と、穏やかな口角、そして淡い栗色の髪。
飛鳥と同じ、淡い栗色の髪。
過去の記憶に浸りながら飛鳥は
葉を脱ぎ捨てつづける落葉樹のもと、体育教師の板東が生徒達を眺めている。飛鳥は避けるように右に逸れ、一丸となった女子に紛れ込む。ここならば見えないはずだ。
「おーい。宮地、隠れても無駄だぞー。いい加減、剣道部に入らないか」
分厚く嗄れた声、もう何度この台詞を聞いただろうか。
飛鳥は嫌気を感じながら正面玄関を突っ切り、男女の賑やかな声が飛びかう階段を縫って、一年二組の教室へと入った。
教室に入ると飛鳥に気づいた、
「朝からまた板東にいわれたよ。上手いこと隠れたと思ったんだけどさ」
「飛鳥、隠れても無駄だよ。だって飛鳥の髪の色は目立つから。それも陽に当たるとよけいにさ」
切れ長な一重の目を細めながら夏帆はニヤリと笑った。拘りぬいたショートボブの前髪がわずかに揺れる。
飛鳥は口から重いため息を吐きだすと、まるで彼女の顔を吟味するようにじっと見ていった。
「どうした。何やら今日は朝からご機嫌だな」
「あっ、分かる?さすが飛鳥だね。実はさ…」
鞄を取り出し手袋をつけたままゴソゴソと中身をあさりはじめる。
「あっ…これこれ」
夏帆は机の上にそっと一枚の白いビデオを置き、まるで子どもがおもちゃを与えられたかのような表情をして言った。
「これさ、地元の友達が貸してくれたんだけどね。何でもリアルにやばいのが映ってるんだって」
「やばいのって、もしかして心霊系?」
夏帆は心霊やホラーが大好きで、よく昼休みや放課後につきあって動画を見ることが多かった。
「そうそう。地元の友達の姉の男友達が撮った映像らしいんだけどさ…」
「身近そうで遠いな!」
笑いながらつっこみを入れると、夏帆の顔が一変して無表情になり信じられない一言を発した。
「でも、この撮影した男の人亡くなったんだよね」
「え?」
ざわついた教室の中の時間が、まるで時を止めたかのように飛鳥は感じた。
「驚くでしょ。しかも亡くなったのが、これを撮影した三日後なんだよね」
「無関係だとは思えない」と夏帆はビデオに視線を落としながら言った。
「どんなものが映ってるの」
心臓の鼓動を打つスピードが早くなる。
「わからない。だから飛鳥と今日学校が終わってから一緒に見ようと思ってさ」
全身嫌な予感を感じ取っていた。
見てはならない、その言葉がどこからともなく自分に対して訴えてきている。
「お願い! 私も一人じゃ怖いからさ。他の人なんて怖がって絶対見てくれないし」
両の掌を顔の前で合わせ頭を下げる夏帆。流石にそこまで頼まれると断りにくい。
「分かった」飛鳥は消えいくような声で言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます