第13話 私はマタタビ
ジュストは、カツラを被っていた。そして、その下の頭皮は涼しくなかった。
カツラを外したジュストは、何故かユスターシュの顔をしていた。
つまり、ジュストはユスターシュだった。
・・・では、もしやユスターシュのこの髪も・・・?
「え、なに、ちょっと今、なに考えた?」
慌てるユスターシュにヘレナは手を伸ばし、くいっと灰色の髪を引っ張る。だがそれは頭から落ちなかった。
「・・・抜けない・・・」
「当たり前でしょ」
呆けたように呟くヘレナに、ユスターシュは何故か誇らしげにそう答える。
「ではこちらは・・・本物の髪の毛なのですね」
「そう。これはちゃんと私の髪だからね」
「灰色は・・・裁定者の色ですものね。灰色の髪と灰色の眼の二つが」
「そうだね。今は、世界で私だけが持つ、裁定者の証の色だ」
ユスターシュは、茶髪のカツラと眼鏡をそれぞれの手に持ち、くるくると回しながら安堵した様に息を吐いた。
「あ~、やっと言えた。証拠を見せてからじゃないと、絶対に変な勘違いをされると思ってたんだ。でもまさか、証拠を見せてもあんな事を言い出すなんてさ」
そう言いながらも、さっきからユスターシュはずっと楽しそうだ。口元は緩み、目にはうっすらと涙まで浮かべている。
どうしてそんなに楽し気なのか、もしやこれが番の効果というものか。
側に居るだけで気分が良くなるみたいな、そんな番限定のマタタビ効果があるのかも。
そこで、ヘレナは納得した。
そうか、私はマタタビなのだ。
ヘレナは、前に図鑑で見たマタタビの木を思い浮かべた。
枝になるマタタビの実にまじって、ヘレナが枝にぶら下がっている。その下で、ユスターシュが手を伸ばしてぴょんぴょんと飛び跳ねるのだ。
「ははっ」
刹那、笑い声と共に、ヘレナの視界が遮られる。
ユスターシュが腕を伸ばし、ヘレナの身体を抱き込んだのだ。
身体全体で感じるユスターシュの温もりに、一瞬でヘレナの頭の中は真っ白になる。
「そうか。ヘレナは私専用のマタタビなんだね。だからあなたと居ると、こんなに楽しい気分になるのか。ふふっ、納得したよ」
「・・・? ユスターシュさま?」
ユスターシュの腕の中にいるせいで、彼の顔は見えない。いや、今は恥ずかしくて顔なんて見られないから、これはこれで丁度良いのかもしれないけれども。
ユスターシュの胸は、思っていたよりも広くて逞しかった。優しく、だがそれでも固く抱きしめられて、ヘレナの胸の鼓動はいよいよ激しくなる。
だというのに、何故か安心してしまうのだ。
「恥ずかしい、ドキドキする、でも安心する、か・・・それって、私は期待して良いってことかな・・・?」
「・・・っ」
・・・あれ?
マタタビのことも、ドキドキしてることも、抱きしめられて何故か安心したことも・・・
私、口に出してたっけ?
「・・・やっと気づいた?」
「ユスターシュ、さま?」
「2年半一緒にいて、ずっと気づかないんだもんな。気が抜けるって言うか、逆に心配になるって言うか」
・・・それは、どういう事でしょう。
もしかして、いえ、まさか。
瞬間、ヘレナを抱く腕に力がこもる。
「・・・ヘレナ、私の番。私はあなたのことが大好きだよ」
「ユスターシュさま・・・?」
乞うような声に、何故か胸が痛くなる。
「・・・ねえ、ヘレナ。あなたに裁定者の秘密を教えてあげる」
囁くような小さな声で、ユスターシュはそう言った。
秘密・・・?
「そうだよ。裁定者が裁定者たる理由を教えてあげる」
ヘレナの心の呟きに、そのままユスターシュが答える。けれど、もうヘレナはそれに疑問を抱かなかった。
「話を聞いたら、ヘレナは私のことを嫌いになるのかな・・・」
それでも、ユスターシュの声は少し震えていたけれど。
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