第12話 頭部が涼しい疑惑

ジュスト・・・?



挨拶が出来なかったと思っていたら、まさかのここ?


と、その時ヘレナは閃く。



ヘルプとはいえ、ジュストも図書館職員の一人だ、という事は。


亡国の王子ユスターシュと彼の愉快な同士たちのひとりの筈。なるほど、だからここに居るのか。


・・・などという訳はない。あれはあくまでも自分のくだらない想像の中での話だ。では、どうして。



「ええと、ヘレナ。あのね、君に話があるんだ」



いつもは緩く上がっているジュストの口角が、珍しくきつく引き結ばれている。何だか雰囲気が固い。



あら、でもこの声・・・



と、逸れかけた意識が、ジュストの声で引き戻される。



「ヘレナ。まずは、これをしっかり見てほしい」



ジュストはおもむろに自分の髪を掴むと、そのまま勢いよく引っ張った。



「え、そんな事をしたら髪が抜け・・・」



あ。


本当に抜けた。


ごっそり、すっぽり、髪が丸ごと抜けた。

ずるりと、大きな塊のまま。



ヘレナの目はジュストの右手に釘づけになった。そこには、先ほどまでジュストの頭にあった筈の茶色の髪の塊が、もっさりと掴まれている。



こ、これは・・・まさかの、カツラ・・・?


では、ジュ、ジュストは・・・



「うん。そうなんだ、ヘレナ」



ヘレナは震える手を口に当てた。



ジュストの手にカツラがあるということは、今のジュストの頭はどんな状態なのか、想像に難くない。




なんてことだ。知らなかった。


ジュストは、頭部が涼しい人だったのだ。



「・・・え? なんでそうなる?」



慌てたような声が聞こえた。



だが、ヘレナは固く目を瞑り、首を左右に振る。



大丈夫。


カツラだろうと地毛だろうと、私は態度を変えたりしない。

あなたの穏やかな内面が好きだったのだ。外見は関係ない。



どんな意図で、ジュストが自分の目の前でカツラを取ったのかは分からない。

けれど、普段わざわざカツラを着けていたくらいだ、本当は見せたくなかったのだろう。



だから、ヘレナは目を瞑ったままでいる。

これは、大事な秘密を明かしてくれたジュストへの友情の証だ。


どんな時も、どんな姿でも、ジュストが大事な友だちである事は変わらない。


そう、彼のカツラが取れてしまった時でも。



「あのね、ヘレナ。そうじゃないんだ」



それに、頭部が涼しいのは一つの個性だとお父さまが仰っていた。

そう、お父さまもあのままでとっても素敵な人なのだから。


だからジュストだってきっと。


ジュストなら、どんな頭部でも素敵に違いない。



「う~ん。どんな私でも素敵だと言ってもらえたのは嬉しいんだけどね。それは出来たら、本当の私の時に言ってもらいたいな」


「・・・はい?」



本当の私って・・・あれ?



目を瞑った状態のまま声を聞いて、あることに気づく。



ジュストの筈の声が、いや、確かにジュストの声なのだが。



なんだか、すごく良く、似てる・・・?



「似てるというより本人だ。私だよ、ユスターシュだ。ヘレナ」


「・・・え?」



驚いて、思わず開けそうになった瞼に、ぎゅっと力を込める。



大事なことだ。見る前に、言わなくては。



「・・・では、涼しいのは、ユスターシュさまの頭部だったのですね? 大丈夫です、私は・・・」


「・・・何でそうなるの」



コツコツと近づく足音が、聞こえる。


その音はヘレナの前でぴたりと止まると、今度は両頬を温かいぬくもりが覆う。



「ええと、今私に触れているのは、ユスターシュ、さま? なんですよね?」



ヘレナはおずおずと口を開く。


なんとなく、理由も分からないまま、けれど縫い止められたかの様に、目を開けられずにいる。



「そうだよ、ユスターシュだ。ほら、目を開けて?」


「ジュストじゃなくて、ユスターシュさま。ええとそれは、どういう」


「いや、だからそれを説明しようと思ってこの格好にしたんだけど。証拠があった方が分かりやすいと思って」


「証拠」


「でも、ヘレナの発想は、いつも私の予想の斜め上を行くから」



ふ、という笑い声と同時に、ヘレナの両頬がむにむにとつままれる。

どうやらこの温かいぬくもりは、ユスターシュの手のようだ。



なんだか嬉しくて、くすぐったくて、ふふ、とヘレナも笑った。



「ヘレナ? そろそろ目を開けてくれないかな?」


「あ・・・すみません。なんだか目を開けちゃいけない様な気がして、つい」


「仕方のない子だね。ヘレナは、婚約者の前で目を閉じる意味を知らないのかな」



頬に触れている手が、彼の指が、するりと動いて瞼を撫でる。



「意味、ですか?」


「そうだよ。ほら、いい加減に開けてくれないと、口づけてしまうよ?」


「・・・え? えええ? え?」



意味って・・・意味って、そういう意味?



慌てて音がしそうなくらいに勢いよく目を開けると、目の前でユスターシュが楽しそうに笑っていた。


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