太田裕貴

黒川魁

彷徨える元カノ

僕は、恋人になるかもしれない人には必ず「宗教はどこ。宗派はなに」と聞きます。これは、僕が過去に一度恋人を殺してしまったためです。


忘れられない彼女の名前は「咲良」と言いました。どちらから告白した、というのはなく特にほかの友人がいなかった僕たちはぼんやりと二人の時間を過ごし、両思いであったことに互いが気付くまでに時間はかからなかったのです。心地の良い距離感。家に帰っても四六時中メッセージを送りあっていました。


しかし、日曜日だけは彼女から連絡が来ることはありませんでした。本人に聞いても、「午後には返信するからさ」としか言われませんでした。最初の頃は嫌な気持ちや疑念を抱いていることはありましたが次第に慣れ、そういう家庭の事情なのかもしれないとかぼんやりと気にするのを辞められるようになっていきました。


彼女にとって、僕は無関心なように感じたかもしれません。しかし、嫌われたくなかっただけなのです。付き合いだして二年が経ち、高校入学からすぐに付き合い始めた僕たちも真剣に自分の進路を考え始めなくてはならない夏休みの初日、彼女からきた電話に出ると太い男性の声が聞こえ、気が付くと僕は病院の一室に立っていました。


彼女は自殺未遂を起こしたのです。彼女のご両親は取り乱していましたが、ぼくはこれが初めてではないことを知っていたのでいくらかは冷静でした。しかし、倒れて病院に運ばれるほどひどいのは初めてです。彼女は希死念慮が強くなると僕の家の僕の部屋へやってきて、

「自傷はしても自殺はしないの。私、信心深いから」


と一瓶まるまるの風邪薬を飲みながら僕に何度も言い聞かせていました。これは付き合いだす前からです。


彼女が言うには、理由は誰にも明かせないが今回は本気で死ぬつもりになってしまった。家の屋根までのぼってそこからなるべく頭を下にするように考えながら落ちたが失敗した。もう一人では生きていけなくなってしまうから今日で別れてほしい。そんなことを伝えるためだけに父親に僕を呼んでもらったということでした。


両親を病室から追い出し二人きりになって別れ話をしたとき、彼女は頷こうとしない僕に微笑みながら言いました。


「私、あなたとは同じ墓にも入れないし。今、大人になる前に死んじゃった方がずっと一緒でいられるかもしれないって思っちゃったのよね」


その言葉に思い出した僕の口癖、「死ぬまで一緒にいて、死んだら一緒の墓で。来世も一緒にいたい」。この言葉が彼女にとって呪いとなっていたのでした。

当時の僕は彼女が仏教徒でないことを知らず、死後まで自分と同じ道を選ぶことができない人間がいることを知らなかったのです。


大人しく身を引いた僕の耳に訃報が届いたのは夏休みが終わってからでした。クラスで僕だけが葬儀に呼ばれず、咲良さんの宗派は分からずじまいです。

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