第20話 証拠《ブレークポイントヒット》

「失礼します」


 神経質そうな冠者かんじゃの声が聞こえた。

 いよいよか。


「出張の清算に来てもらって悪いね」


 若手の声。

 しばらく経って。


「失礼しました」


 さてと、結果は。

 隣の部屋から若手のいる部屋に移動した。

 撮れた映像を確認する。


 清算の仕事をしている冠者かんじゃが映っている。

 ノートパソコンに伝票や領収書の項目と金額を打ち込んでいく。

 ちょっと休憩です。

 そう言って冠者かんじゃが立ち上がった。

 私物だろう鉢植えの陰にカメラとマイクを置いたのが確認できた。

 ビンゴ。


「若手さん、みんなを呼んでくれ」

「どうしたんです?」

「就職活動の為の映像だったんだが、産業スパイ行為が映っていた」

「ええー、まさか! みんな来てくれ!」


 どうしたんだと、人が集まって来る。


「今から見る映像をよく見ていて下さい」


 ビデオカメラの小型のモニターにみんな釘付けだ。

 映像が問題の場面に差し掛かる。


「ここです」


 冠者かんじゃのスパイ行為がはっきりと映っていた。


「警備員を呼べ。いや警察か。待てよ上の方に報告しないと」


 課長と思われる人の声でみんなが動き始めた。

 冠者かんじゃは逃げるかな。

 背任行為で訴えられるから、逃げないだろうな。

 今頃、音声を聞いて、びっくりしているはずだ。


 しばらくして、冠者かんじゃがやって来た。


「この野郎やってくれたな」

「往生際が悪いぞ」

「もうお終いだ」

「産業スパイぐらいなら執行猶予が付くんじゃないか」

「ほんとうか。覗きもあるんだぞ」

「たぶん大丈夫だろう。もう喋ってしまえよ」


「最初は率の良いバイトがあるって、盗撮仲間から声を掛けられたんだ」

「それがライバル会社の奴だったんだな」

「ああ、そうだ。それで言う通りにカメラとマイクを仕掛けた」

蜂人はちとの事件とは無関係なのか」


「殺人まではしない。そりゃあ広報の仲間がいれば新製品の秘密もつかみやすいけど。信じてくれ」

「信じるさ。もっとも警察にさんざん調べられるだろうがな」

「盗撮だけで辞めておけば良かったよ。こうなったらこれをお前に託す」


 USBメモリを託された。

 久美子にデータを送って中身は消した。


 それからは早かった。

 やはり警察沙汰にするらしい。

 警察が何人も来て、冠者かんじゃを連れてった。

 団符だんぷ刑事が僕の所にやってきた。


「殺人事件と関係あるのか? いいから吐け」


 いきなりだな。


「そんなの、分かりませんよ。冠者かんじゃを逮捕すればわかるじゃないですか」

「行き当たりばったりか」

「まあそんな所です」


「広報は新商品の映像や性能に触れたりするんだろ」

「そうですね」


「となると怪しいな」

「取り調べすればいいでょう」


「まあな。お前、捜査をかく乱するために、やっているんじゃないだろうな」

「やだなぁ。可能性の芽を潰しているだけですよ。冠者かんじゃの取り調べ結果は教えて下さい」

「そんなの漏らせるわけないだろ」


 それは駄目か。

 冠者かんじゃのあの様子だとたぶん白だな。

 嘘をついている目じゃなかったように思う。


 団符だんぷ刑事が去っていって、若手が少し怒った様子で現れた。


「ひどい、何もかも知ってたんじゃないですか。就活用のビデオだと言っておいて、産業スパイの証拠撮るためだったんですよね」

「すまん、腹芸が出来るか不安でな」


「仲良くなれたと思ったのに」

「悪かったよ。食事おごるからさ」

「男同士でご飯食べても美味しくない」

「そんなこと言わずに機嫌なおせよ。産業スパイを捕まえたんだぞ。上から金一封でるかもな」

「それなら許します」


 久美子にメールしてから通話する。


冠者かんじゃが捕まった。産業スパイは黒だったが、殺人の方は白だと思う』

『プログラム的には【条件1が真】で、【条件2が偽】って事ね』

『そうだな。一つ可能性が減った事を喜ぼう。冠者かんじゃのデータは何だった?』

『あなたは見ない方が良いわ』


 盗撮画像かな。

 それなら確かに見なくて良い。

 久美子に送って消したのが功を奏したな。

 団符だんぷ刑事に見つかったら別件逮捕されてたかも知れない。

 それにしても、冠者かんじゃの奴、どういうつもりだ。

 一緒に地獄に行ってしまえっていう嫌がらせか。


 久美子に嫌われたりしないかな。

 冠者かんじゃの物だと分かっているからその心配はないか。

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