都合のいい女

赤井あおい

第一話

「んー。君はめんどくさいね」


 机の上に座って両足をぶらぶらさせている、文芸部の部長、早川ノエルが俺の作品を読んで残したコメントだった。


「失恋の話を書くのはいいんだけど、何というか、救いがないんだよね。物語の形として、否定はしないよ?でも、もっと楽しい話の方が大衆ウケすると思うし、そっちの方が書いてて楽しいんじゃないかな。例えば、振られちゃった、でもその後にもっと良い女の子と付き合えてハッピー♡、みたいな」


 早川先輩は小説の束を机に置いた後、両手をひらひらと振っておちゃらけて見せた。そんな動作の後、そのまま彼女は机に仰向けに寝転がって伸びをした。短いスカートから覗く、扇状的な太ももが目につく。


「でも、都合のいい展開なんて俺には書けないですよ。嘘だなって、現実逃避してるだけだって、分かって悲しくなりませんか?」


 俺の話を聞く早川先輩は、くすくすと笑い出し、最後には大笑いした。しばらく笑った後、息を整えた先輩は僕に一言。


「別に?物語なんてそういうものじゃん。人間一人が一生で体験することなんてたいしたものじゃない。だから、本を読んだり、ドラマを見たりするんだと思う。読み手は面白い話が聞きたいのであって、つまらない他人の体験談を聞きたいわけじゃない」


 早川先輩は机から降りて、俺の前に立った。彼女は俺の作品を読む時、何故か机の上に座っていることが多かった。


「ぶっちゃけさ、君の話。ほとんど全部、実体験でしょ?」


 俺は返す言葉がなかった。彼女と目を合わせられず、下を向くことしかできない。


「登場人物がちょっと違うだけで書いてることはほとんど同じだし。まあ、書くことで何かが変わるんならいいんだけど、半年以上も引きずるのは流石にね……」


 自分の顔は見られないが、間違いなく赤くなっているだろうことはわかる。


「べ、別にいいじゃないですか。書きたいことを書いてるだけですよ」


「書きたいことを書く。じゃなくて、それしか書けない。の間違いじゃない?」


 その指摘は正解だった。俺はその場から逃げ出してしまいたくなった。


「別に有り得ない話じゃないでしょ。ある日空から女の子が降ってくる事や異世界に転生することに比べれば、都合のいい美少女が君の前に湧いてくる事なんてさ」


「ないですよ」


「嘘。ここにいるじゃん」


 俺が顔をあげると先輩が自分のことを右手で指さしていた。


「ちょっと、何?その顔。私が滑ったみたいで恥ずかしいじゃん」


「滑ってますよ。実際」


「あのね、少年。私、モデル経験あり、スカウトに声をかけられた経験、多数。フランス人のハーフ。成績優秀。眉目秀麗」


「先輩。眉目秀麗は男に使うんですよ。女性は容姿端麗です」


「お、私がかわいいことは認めてくれるんだ」


「否定はしません」


 実際、彼女の容姿が整っていることは事実だった。また、彼女が多くの人から愛されていることも知っている。


「冗談はやめてください。勘違いしちゃいますよ」


「勘違いじゃないよ。私は君のことが好き。どうしようもないくらい好き。大好き」


 そう言うと彼女は唐突に僕の唇を奪った。二人きりの放課後の部室、夕陽が教室に差し込み二つの影が一つになった。


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