人造戦線

鈴音

少女の戦い

がたがた揺れる、硬い床のトラックの中、歳も性別もばらばらな私たちはぼろぼろの麻布の服と、ぴかぴかのライフルを持たされて、戦場に向かっていた。


少し前、私の故郷で大きな爆発が起きた。敵国の侵略だと騒ぐ大人たちが私の手を引いて逃げて、その先で、君には力があると、半ば無理やり徴兵された。


そして、連れていかれた先で手術を受けて、ライフルの反動も気にならないくらいの力を手に入れて、たくさん訓練をして、今日初めて戦場に立つ。


小さな声でお母さんと神様に何度もお祈りをして、じっとその時が来るのを待った。


金属の擦れる嫌な音と共に、ここまで運転をしていた綺麗な身なりの軍人さんが外に出ろと命令を出してきた。


ぞろぞろとトラックからおり、点呼をとって、説明を受ける。ここは工場地帯で、ほぼ直線で敵と鉢合わせる。だから、突っ込んで行って、敵を殲滅すればいい。他の人たちは、それを聞いて三者三様の反応を見せたけど、頷くことしか出来なかったのは皆同じだった。


軍人さんの説明が終わると共に、大きな爆発音が聞こえた。左右を縦長の工場で挟まれた空間の、ちょうどど真ん中。その向こうから、ぱぱぱっ。と、軽い音が響いてきた。遅れて、私の隣にいた人が血を吹き出しながら勢いよく倒れた。


悲鳴をあげる暇もなく、素早く身を伏せる。それから、落ちているドラム缶や朽ちた車などの遮蔽物に私たちは身を隠した。


ぱぱっ、ぱぱぱっと一定のリズムで小気味よく発砲してくる敵に、私達も応戦する。遮蔽物に隠れながら、指先で細かくコントロールして小さく打ち続ける。マガジンは少ない。弾を打ち切らないように、残弾を気にしながら。


横を見ると、自分より少し大人な女性が私を手招いていた。敵の様子を伺いながら素早くそちらへ向かう。


(イドウ イチジホウコウ エンゴモトム)


ハンドサインで送られた内容に従い、マガジンを交換してオートで弾をばら撒く。敵の発砲が収まり、その隙に女性は右斜め前の壊れた車の所まで移動した。


(クリア エンゴスル コイ)


の、ハンドサインを確認し、指先でカウント。相手の射撃の隙間を縫い、彼女の援護射撃と共に前線に出る。


彼女の隣に来て、マガジン交換を済ませ、肩を叩き、牽制射撃をしながら彼女にもマガジンの交換をしてもらう。


そんな移動をもう一度だけ行い、2人で敵との撃ち合いを始めた。


さっきよりも大きく、低く響く発砲音。遮蔽物にしている残骸に弾が当たった時の音や、身を乗り出して射撃する時に、何度も体の近くを通り抜ける弾丸の風切り音。体ではなく、心が削られていく感覚に何度も汗をかきながら、確実に1人、2人と撃ち抜いていく。それと共に、味方も何人も倒れていく。


最初に比べて随分減った発砲音、それに伴い増えた手投げ弾などの爆発音。互いの距離がどんどん近づき、いつ物陰から敵が飛び出してくるかもわからないほどの距離感の中、ついにマガジンが尽きた。隣にいるあの人に助けを求めようとしたその時に、工場の中からナイフを持った男が飛び出してきた。女性はそれに気づいていない。声をかけても、聞こえるはずがない。


そのまま、目の前でナイフで刺し殺される。私も、殺される、助けは来ない。戦わないと、殺される。息が上がって、目が乾く。汗が止まらない。喉の奥がひりついて、壊れたおもちゃのような音しか出てこない。その音も遠ざかっていって、ライフルを握る手がこわばる。


男は、ゆっくりと身を持ち上げて、私にナイフの切っ先を向けた。すぐに襲っては来ない。確実に殺ろうとしている。


ず、ずりっ、ぐっ。地面を踏み締め、足を持ち出し、飛びかかろうとしてくる。この一連の動作が音として聞こえてくる。緊張しすぎて、むしろ意識がはっきりしてきた。


「――!」


男が何かを叫びながら突っ込んでくる。怖い、死にたくない、嫌だ。そんなことを思いながら、ライフルを思いっきり振り下ろして、殴りかかった。


ごすっ。と、鈍い何かを殴る音、手には硬い物を叩き壊し、その先に柔らかい何かをかき混ぜたような感触が残った。


男は、頭から赤とピンクの何かを垂れ流して、ゆっくり倒れた。それから、おかしくなった耳に聞こえるほどはっきりとブザーの音が鳴り響いた。


何事かと思って、周りを見渡すと、訓練所で見た事のある服の人たち…軍人さん達が、私たちを回収に来てくれた。


ようやく、終わった。そのことに安堵していると、じわじわと痛みがやってきた。どこか被弾したのか?そう思って、ぐるりと体を見渡そうとした時、服が真っ赤に染まって、おへその辺りからナイフが生えていた。


男の手にあるはずだったナイフがなくて、私のお腹にそのナイフがある。一切理解は出来なかったけど、ただただ痛くて、泣き叫ぶことも出来なくて、お母さんと神様にお祈りをすることしか出来なくて。


じっと小さくなりながら軍人さんを待って、ようやく気づいてもらえて。助けを求めようとしたら、私に拳銃を向けていて。


何も理解出来ない。知ることも出来ないまま、私の意識はそこで途絶えた。

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