雑種犬の令和怪談

雑種犬

第一夜 令和の人形怪談 前編

 初めましての方は初めまして。お久しぶりですの方はお久しぶりです。


 私はザッシュ・ザ・ダーティーブラッドのペンネームで「小説家になろう」や「カクヨム」で小説などを投稿している者です。


 普段はコメディ要素のあるバトル物なんかを書いている私ですが、他にも手を出してみたいジャンルというのもありまして、例えばガッチガチの論理ロジックで固められたSF物だとか、あるいは売り出し中の若手俳優やら女優やらが映画でやるような胸キュン恋愛ストーリーだとか。


 そんな私でもどうしても書けないだろうなと思うジャンルがありまして、それがホラー物、いわゆる人の感情の中でも特に恐怖心を揺さぶるジャンルなんですね。


 それというのも私自身が霊感の無い、いわゆる零感なのですが、それでもこれまでの人生でその手の恐怖体験を幾度か実際に体験しておりまして、そういうわけで逆にパソコンに向かうとそっちの世界に踏み出していけないというか……。心理的なブレーキをかけてしまうわけなんです。


 そういうわけでこのシリーズではそういう小説のネタにはできないような体験を書いていこうかと思います。






 まず第1回目のネタとして何から書こうかと思ったのですが、最初はベタな定番の話が良いかな~と思いまして。ええ、はい。「人形」の話です。


 人形とはいっても特に凄惨な因縁のある物ではございません。


 よく世にある人形の怪談といえば例えば「髪の伸びる日本人形」だとか「所有者が次々と死んでいくアンティーク・ドール」なんかの話があります。

 他にもコケシだとか外国の民族的な人形の話だとか、「亡くなられた子供が肌身

 離さず持ち歩いていたぬいぐるみ」とかも定番中の定番ですよね?


 いずれも共通なのはその人形が辿ってきた来歴の故に何らかの因縁が付いて、そのために怪奇現象を引き起こすというものでしょう。


 ところが私の元で起こった怪異の原因である人形にはそのような歴史は無いのです。


 私が知らないだけとかそういうわけでもなく、ハッキリと件の人形にはそのような悲しい過去は無いと断言できます。


 それも当然。

 私の部屋にある人形といえばいわゆる美少女フィギュアと呼ばれるような物しかないのですから。


 ええ、そうです、美少女フィギュアです。


 それも私の部屋に飾ってある物のほとんどはアダルトフィギュア。

 18歳未満のお子様お断りの他人様に見せるのはおろかそういう類の物を集めているという話をするだけですら憚られるような代物なんです。


 他にも何点かコンビニのくじの賞品やら、ゲームセンターのクレーンゲームなどで入手したプライズフィギュアなんかもありますが、どうしてもその手の物はチープで部屋の片隅にまとめて飾ってあるという具合で、やはり私の部屋の主役はアダルトフィギュアでしょう。


 親と同居しているアラフォー独身子供部屋おじさんの部屋のパソコンデスクの回りやら箪笥の上やら、あるいは専用の棚の中に大量のアダルトフィギュアが並べられているというのはもしかしたら近隣住民、特に小さなお子さんのいる親御さんにとってはそれだけで恐ろしい話かもしれませんが今回の話はそういう話ではないのです。


 ああ、もしかして勘違いされている読者さんもおられるかもしれないのであらかじめ説明させて頂きますが、私の言う「アダルトフィギュア」とはいわゆるラブドールだとか古くはダッチワイフだとか言われていたような物とはまったくの別物の事です。


 皆様もご自身が御贔屓にされているアニメやゲームやらのキャラクターのフィギュアをどこかで見かけた事があるでしょう。もしかすると読者様の内の何割かは実際にそういうフィギュアを入手されて部屋に飾られている方もいらっしゃるでしょう。


 私の言うアダルトフィギュアも皆様方の知るフィギュアの延長線上にある物です。


 ただちょっと薄着でおっぱいやら陰部やらがボロンと丸出しなだけです。


 皆様が知るフィギュアがアニメやらゲームのキャラクターを題材としているのと同じように、アダルトフィギュアはアダルトゲームやら人気イラストレーターのキャラクターを題材としているわけですし、そもそも全年齢対象の美少女フィギュアだってそうそう他人様に知られたくない趣味でしょうし、そう考えると18歳未満お断りか全年齢対象かどうかなんて大した差ではないのかもしれませんね。


 ああ、すみません。

 ちょっと脱線が過ぎましたね。


 もしかしたら私自身この話を書いてネットを通じて世間に公表するという事に抵抗があるのかもしれません。


 何せ今回の怪異の原因であるそのフィギュアは私がこうして文章を打ち込んでいるパソコンデスクの上に未だ飾られているのですから……。




 これは今から2年前、一昨年の話です。


 何月の出来事であったかはちょっと記憶が定かではありませんが、日中は汗ばむほどに暑くなる反面、朝方は露が降りるほどに冷え込む初夏の事でありました。


 ふと深夜に目覚めた私は何かの物音に気付きました。


 タオルケットやら毛布やらを蹴とばしてしまったがために体が冷たくなったわけでもなく、トイレに行きたいわけでもないとなればその物事のせいで目が覚めたと思うのが普通でしょう。


 私は最初、近所の猫が発情期で鳴いているのかと思いました。


 ですが、どうもおかしいのです。


 よく発情期の猫の鳴き声は「人の鳴き声のようだ」とも言われますが、それはどちらかというと赤ん坊の泣き声のようなものですよね?


 その時、私がベッドの中で聞いていたのは大人の、それもはっきり女性のものと分かるような泣き声であったのです。


「うう……う~……うっう……う……」


 こんな感じのなんというか、悔しさで感情を自分でも抑えられなくなったような嗚咽混じりの泣き声とでもいえばいいのでしょうか?


 誰だろうか?


 まだこの時、私は夜の帳が降りたままの真っ暗な部屋のベッドに寝そべったままそんな事を考えておりました。


 同居の家族のものではありません。

 声の主は60を過ぎた初老の母よりも明らかに若い女性としか思えませんでした。


 ご近所さんのものでしょうか。

 ですが田舎暮らしの私の家は少しご近所さんとは離れていて、声が届くという事はあろうともこうもハッキリと聞こえるとは思えません。


 そこまで考えた時、私の体を全身の毛穴が一気に引き締まるほどの寒気が遅いました。

 恐怖で飲み込んだ唾が大きく頭蓋に響いたのを覚えています。


 私が気付いてしまったのは、声が近すぎるという事。


 まだ聞こえてきているすすり泣く声をよ~く注意して聞いて、それは確信へと変わりました。


 ただ声の持ち主がいるであろう場所が近いだけではなく、壁を通して、あるいは障子やガラスの窓を通して伝わってきているわけではないとハッキリと分かるクリアーな泣き声。


 間違いなく泣き声の主は私の部屋にいるのです。


 私は普段から寝る時に電灯の常夜灯を使わずに寝ていたために部屋の中は真っ暗。


「うぅ……う……うう……」


 胸の内から溢れ出てきた感情が自身の肉体にすら変調をきたしてしゃっくりになる。

 そんな様すら容易く想像が付くほどにハッキリとその女性の声は聞こえているというのに私は身動き1つできませんでした。


 ベッドから起き上がって電灯を付けるどころか、スマホの画面の明るさで室内を照らす事すら考えらえず、ただ起きている事を気付かれないように寝たふりを決め込む事しかできない。


 それと同時に私の部屋は9畳の部屋にベッドやら箪笥やらパソコンデスクなどの家具を置いているがために女性が何か事を起こそうと思えばすぐに私に危害を加えられるくらいの近い位置にいるであろう事がさらに恐怖を加速させます。


 先手を打たなければ圧倒的に不利な状況なのに、恐怖に震えた私はただ寝たふりしかできないというアンビバレントな状況。


 その理由は、泣き声の主である女性がこの世のものならざる者だと私が理解していたからでしょう。


 私の家では当時、大型犬を飼っていて、その犬は玄関や裏口の引き戸など構わずに開けて脱走した事があったために戸締り施錠は確実にしておりました。


 それは私自身が夜中の犬の散歩から帰ってきた時に確実にしていたので間違いありません。


 それに仮になんらかの違法な行為をして家の中に侵入したとして、どうして彼女いない歴10年目に突入したアラフォーおじさんの部屋で女性がすすり泣いているのでしょう?


 物取りだとか、あるいは命を取りにきた殺人鬼志望の者の方がよほどありがたかったでしょう。


 一応、私も元自衛官ですので不利かどうかはともかくとして一応は戦う事はできます。


 ですが、それも相手が生きている者であったらの話です。


 幽霊相手に自衛隊仕込みの徒手格闘が何の役に立つというのでしょう。


 もし相手が刃物を持っていたとしても、スマホを顔面に投げつけて機先を制すだとか、刃物に毛布をかぶせて無力化するだとかはできるつもりです。


 でも幽霊は無理。

 だって怖いもん!


 結局、私の中ですすり泣く声は夜が白み始める頃まで続き、不意に田舎の鳥の鳴き声が聞こえてきたかと思うと女性の泣き声はまるで最初から無かったかのように消えていたのでした。


 正直な話、それがどれほど続いていたのか時間的な話はよく分かりません。


 ですが泣き声が聞こえなくなり、やっと人心付いた私がベッドから上半身を起こした頃には全身の筋肉は長時間に渡る緊張で強張り、びっしょりと掻いた汗で濡れた下着やシーツは私の体を冬のように冷やしていたのでした。


 ですが私の体を震わせていたのは初夏の朝の冷たい空気ではなく、過ぎ去っていったハズの怪異のせいであった事は間違いないでしょう。


 障子越しに朝の光が差し込んできて室内は青白く染められ、それすらも不気味で私は電灯を付けました。


 そこでやっと私は室内に以上が無いと確認できて猛烈な喉の渇きを覚えましたが、それでも緊張によって苛まれた身体の疲労には抗えずにしばらくボ~とベッドの上で上半身だけ起こしたままいたくらいです。


 とはいえ喉元過ぎればなんとやら。


 しばらく後に私はベッドから起き上がる気になって、過ぎ去っていった怪異に対して「災難だったなぁ……」と苦笑いを浮かべるくらいの余裕が出てきたのです。


 ええ。

 この時ばかりはそう思っていたのです。


 そりゃそうでしょう。

 だって、この日は初日。

 これが怪異の始まりだなんて思ってもみなかったのですから……。




 焦ったのは翌日の話。


 昨夜と同じように私は夜中に目が覚めました。


「うっ……ううぅ……う……ううッ」


 同じです。

 昨夜と同じように女性のすすり泣く声が室内から聞こえるのです。


 昨晩にあれほど恐怖に震えるような体験をしたのですから常夜灯くらい付けて寝ろよと今ならそう思うのですが、当時の私は昨夜の出来事を一過性のものだと勝手に決めつけてしまっていたために室内はやはり真っ暗。


 外は月もあったのかもしれませんが、私の部屋の窓のある面にはすぐ近くに山が面していて月明りは入り辛く、おまけに東北の冬の寒さに耐えるために窓の前には障子があって僅かに入ってきた月明りを減じてしまっているのです。


「うっ……う……うう……う……」


 その夜も空が白み始めるまで女性のすすり泣く声は続き、私も同じようにただベッドの上で泣き声が聞こえなくなるまで緊張で体を強張らせながら寝たふりを続けていました。


 そして、それはその日でも終わりませんでした。


 次の日も。

 さらに次の日も。

 またさらに次の日も。


 それから毎日、夜中に女性のすすり泣く声に目を覚ますという事が続きました。


 私は私で毎日のように飽きずに恐怖で震えながら寝たフリを続けていましたが、それでも連日の怪現象に日に日に「この均衡状態が崩れる日が来るのではないか?」という不安が増していったのです。


 夜が明けるまで泣き続ける女性の霊と、ただ黙って寝たふりでやり過ごす私。


 一種の均衡状態と言えるのかもしれませんが、それは何も力学的な均衡からきているわけでもない以上、いつまで成立しているか、いつ崩れ去ってしまうのかあまりにも不確実でそれが私の不安を煽るのです。


 当然、私も脳内に巣食ってしまった最悪の結末を避けるために毎夜、恐怖に震えながら考えました。


 結果としてそのほとんどは実を結ばぬものばかりではありましたが、それでも1つだけ分かった事があります。


 それは泣き声の主である女性がいる場所です。


 私の部屋は窓が1つ。

 その反対側に廊下へ続く扉があり、ベッドは扉からもっとも離れた場所、部屋の対角線上にあります。

 私はベッドに窓側に頭を向ける形で寝ておりました。つまり寝たままでは窓の外は見えず、逆に扉の方は見えるという具合ですね。


 連日連夜の怪現象に苛まれてしばらくの事。


 私は寝る前にスマホで音楽を流しながら室内の至る所に置き、ベッドに戻っては音の聞こえ具合を確かめるという事を続け、ついに女性のいるであろう場所を割り出したのです。


 音の聞こえ具合から察するに女性の霊は窓際近くのベッドからは離れた場所。

 パソコンデスクやフィギュアを並べている棚の辺りにいるのではないかと思われるのです。


「……参ったな」


 独りの部屋で私の口から声が出ました。


 私のパソコンデスクは畳の部屋で使うためにローテーブル型の物で、その右横に昔はブラウン管の小型テレビを置いていたテレビ台を再利用してマイクロATXサイズのデスクトップパソコンを置き、左隣にはゲームや小説の執筆の合間に目を楽しませられるようアダルトフィギュアを並べている棚を置いていたのです。


 またパソコンの上や、パソコンデスクの本来ならプリンターを置くためであろう棚にもアダルトフィギュアを並べています。


 そして私の部屋では過去、死者が出た事はありません。

 つまりこの場所に憑いた、いわゆる地縛霊と呼ばれるようなモノとは思えませんでした。


 かといってパソコンに霊が憑いただなんて話は聞いた事が無いわけで、当然のように私はパソコンデスクの回りに多数あるフィギュアのどれかに霊が憑いてしまったのだろうと単純にそう考えてしまったのです。


 私の中で問題となった点が2つ。


 まず私はただスマホを使ってどの辺りから声が聞こえるのだろうかと当たりを付けただけで正確にどこから聞こえるか分かったわけではないのです。


 つまりウン十体のフィギュアの内、どの子に霊が憑いてしまったのか特定する事ができないというわけ。


 さらに問題だったのが、私の部屋に飾ってあるフィギュアのほとんどがアダルトフィギュアであったという事。


 仮にネットか何かで人形供養なんかやってもらえるお寺や神社を見つけたとして、どのツラ下げておっぱいやら股間丸出しの人形を持っていけばいいというのでしょう?


 さらに1つ目の問題を解決できなかった場合。


 その手のアダルトフィギュアを大量に持っていく羽目になるのではと、そうなった時、お坊さんやら神主さんはマトモに相手してくれるのでしょうか?


 結局、私がどこかから連れてきてしまったか、あるいは勝手に流れてきた霊が私の部屋のフィギュアのどれかに入ってしまい、それが夜な夜な泣き声を上げているのだろうと想像は付いたのですが、それで何か解決方が浮かんでくるわけもなく、その夜も、またそれからも私は夜ごとの怪異に悩まされ続ける事になるのでした。






(あとがき)

後編に続く!!

夜中にトイレに行けなくなったら広口タイプのボトル缶でボトラーデビューだ!!


ブクマ、評価、良いね、感想、お待ちしております!!

次回は今週中の予定。

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