火災

 御鷹みたかが研究所に辿り着いた時、街はすでに寝静まっていた。本来ならいくつかの窓から照明の光が漏れているだけのはずの研究所が、この日は妙に明るかった。否、これはもはや「研究所だったもの」と言った方が良いだろう。何しろ、今彼らの前にあるものは、灼熱の炎に呑まれた瓦礫の山だったのだから。


 御鷹の頭を過ったのは、一人の女の存在だ。

奏美かなみ……!」

 彼はすぐに炎の中に飛び込み、瓦礫を退かし始める。それに続き、竜也りゅうやも彼女を探し始める。

「もし奏美さんが逃げ遅れていなければ、今頃僕たちのところには火災にまつわる連絡が届いているはずだ。違うか?」

「俺もそう思う。とにかく、奏美を救出しないと!」

 例え一番の親友の命を狙った相手でも、御鷹からすれば「救うべき命」の一つだ。彼は瓦礫を掻き分け、必死になって彼女を探す。奏美が見つかったのは、それから数分後のことである。

「御鷹か……」

 瓦礫の山の中から、聞き覚えのある声がした。御鷹と竜也は力を合わせ、大きなコンクリートの板を引き剥がしていく。その下には、瓦礫の下敷きとなっていた奏美の姿があった。彼女は全身を酷く負傷しており、迅速な治療の要される有り様であった。御鷹が辺りを見回すと、その後方には玲作れいさくの姿があった。


 玲作は言う。

「……オペを開始する。一先ず、この女は私が預かろう」

 御鷹たちは、彼の頼もしさを知っている。二人はこの闇医者に奏美の安否を託すことにした。玲作は奏美を車の助手席に座らせ、御鷹たちを後部座席に乗せる。目指す先は、彼が活動している病院だ。



 *



 翌朝、全身に包帯を巻いた奏美は、御鷹たちを病室に呼び出した。二人からしてみれば、聞きたいことは山ほどあるだろう。当然、奏美もそれを理解している。彼女の口から語られるのは、つい昨晩にあの研究室で起きた出来事だ。

「……昨日、ワタシたちの研究所は一人のマグスに襲撃された。赤い髪をした、義足のマグスだ。アタシは奴に惨敗し、研究所を焼き払われ、あの青い髪のマグスも連れ戻されてしまったよ。これでは、研究所の最高責任者として示しがつかないな……」

 奏美は自嘲的な微笑みを浮かべていた。しかし今は、過ぎ去ったことを悔やんでいる場合ではない。


 竜也は質問する。

「僕たちは研究所を失った。新しい活動拠点の目星はついているか?」

 例え相手が怪我人であっても、彼は労いの言葉も無しに今後の計画を優先する。良くも悪くも、彼は仕事熱心な性格らしい。一方で、御鷹は筋金入りの人情派だ。

「今はまだ考えなくても良い。奏美の回復を待つのが先だろ」

 彼がそう言い放つことは、この場にいる誰もが予想していたことである。奏美は愛想笑いを浮かべ、自分の想いを口にする。

「心配には及ばないよ。ドクター・マガミは優秀だ。ワタシはもう、今すぐにでも活動できそーだよ。とにかく、今は新しい活動拠点を確保しないといけないね」

 仕事に対する熱意は、彼女も負けていない。そんな彼女のことを、御鷹は心配せずにはいられない。

「おい……本当に大丈夫か? 拠点を探すのは俺たちに任せて、アンタは……」

「それより、お気に入りのぬいぐるみが火災でボロ雑巾になってしまった。なあ御鷹、こんな時くらい、ハグをしてくれないか?」

「はぁ……アンタは相変わらずだな」

 流石に、この状況でハグを断ることは出来ない。御鷹は渋々、彼女を抱きしめた。



 玲作はある提案をする。

「活動拠点なら、ゆっくり探せば良い。それまでは、私の病院を貸してやろう」

 相変わらずの優しさに満ちた男である。

「ありがとう。頼んだよ」

 奏美は玲作の善意にあやかり、しばらく病院の一部を借りることにした。


 話もまとまったため、御鷹にはもうここに留まる理由はない。

「……俺には帰る場所がある。また何かあったら、連絡してくれ」

 彼はそう言い残し、病室を去った。

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