土産
「奏美さん……君はマグスバスターの司令塔にして、メタルミストを生み出せる唯一の人材だ。違うか? この場は僕が引き受けるから、君は研究所に戻ると良い」
例え自陣が有利であっても、易々と司令塔を失うリスクを背負うのは賢明ではない――――彼はそう考えたのだ。
「そーだね。ここはアナタに任せることにするよ」
奏美は壁に空いた穴から飛び降り、その場を後にした。
続いて竜也は、瑞葉の方へと目を向ける。瑞葉は氷の剣を構え、一気に間合いを詰めてくる。そんな彼女に対し、竜也はすかさず発砲する。彼の放つエネルギー弾は、氷の盾によって弾かれていく。それでも竜也は攻撃に徹していく。
「ミッション開始だ……!」
そう言い放った彼の身に、斬撃が襲い掛かる。竜也はすぐにエネルギー弾を放ち、剣の刀身を破壊する。瑞葉はすぐに彼の背後を取り、再び手元に氷の剣を生成する。竜也は再び振り下ろされる剣をかわしつつ、地面を転がりながら発砲を続ける。瑞葉は全身に銃撃を浴び、体の節々から血を流しているが、当の本人はそれをまるで気に掛けていない。そればかりか、痛みすら感じていないかのように見て取れる様子だ。
「ユグドラームの意志のままに!」
彼女は眼前の敵の腹部に右手をねじ込み、そのまま指先から頑丈な氷柱を作り出す。氷柱の先端は、竜也の背中を体内からこじ開けてその姿を現す。
「ちっ……」
氷柱の先から滴る鮮血は、施設の床を緋色の斑点模様で彩っていく。このままでは身動きを取ることが出来ず、命を落とす危険すらある状況だ。そんな時でもなお――――否、そんな時だからこそ、竜也は冷静さを保ち続ける。少しでも判断を誤れば、それは確実に死に繋がるだろう。彼は瑞葉の額に頭突きを食らわせ、そのまま相手の腹部に蹴りを入れた。その衝撃により氷柱は根元から折れ、竜也は自由に動ける状態となる。それから間髪入れずに、竜也は頻りに銃を乱射する。彼の頭に、保身の二文字はない。彼は依然として、攻撃に集中し続けるだけだ。無論、瑞葉の方もまた、一歩も退きはしない。
「ユグドラームの……意志のままに……」
彼女は立ち続ける。その意識が持つ限り、両脚に力が入る限り。一体何が彼女をそうさせるのか――――それは竜也にはわからない。両者ともに、敵対者を排除する意志をもってして意識を保っている状態だ。
それからも二人の死闘は続いた。血と汗を流し、各々の正義をぶつけ合い、各々の未来を賭けて闘争に明け暮れた。この戦いに決着がついたのは、約十分後のことである。瑞葉は意識を失い、膝から崩れ落ちた。この瞬間に至るまで、彼女は決して逃げようとはしなかった。そんな彼女にとどめを刺すのなら、今が絶好の機会である。しかし竜也は、あえて彼女を生かす選択を取った。彼は瑞葉の満身創痍の体を背負い、壁に空いた大きな穴から飛び降りる。無論、このまま己の身を地面に叩きつけるわけにはいかない。竜也はメタルミストでワイヤーを作り、その先端をビルの壁に貼りつける。彼はワイヤーを伸縮させることにより、着地前に落下の速度を低下させる。
こうして彼は、余計な怪我を負わずに地上に降り立った。
「ミッションコンプリート」
竜也は瑞葉を背に乗せたまま、研究所へと戻っていった。
彼が瑞葉を殺さなかったことには意味がある。そして、彼女を背負ってきた彼の姿を前にして、奏美はすぐにその目的を理解する。
「でかしたよ竜也。これでワタシたちも、人質という交渉材料を手に入れたわけだ。とりあえずそいつを降ろして、ワタシとハグをしないか?」
「断る」
竜也は奏美の誘いを一蹴した。
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