第8話 メロと仲良し
無事家でメロンパン――メロの世話をできることに決まったあと。
わたしは自分の部屋で、くるみと一緒に父さんお手製のオムライスを食べていた。自分の部屋は普段からまめに掃除をしているので、臆することなくくるみを部屋に入れることができたし、ご飯を食べるのも問題ない。。
くるみが来たことに気をよくした父さんが張り切って、いつもより一回り大きなビッグサイズのオムライスを作ってくれた。多分卵ひとつ多く使ってると思う。それにこちらは、母さんが作ったレモネードのおかわり。
「美羽ちゃんのお父さん、料理上手だねー。お母さんのレモネードも美味しいし」
ふっかふかの玉子に包まれた朱色のチキンライスを、銀色のスプーンで口に運ぶ。父さんが腕を振るう料理は昔からどれも絶品だ。オムライスをもぐもぐと咀嚼しながら、これから自分がするべきことに思考を巡らせる。
父さんにお昼を準備してもらっている間に、いくつか母さんから野生パンに関することを教えてもらった。それにネット検索で入手した信頼できそうな情報を加えて、メロに対する対応を考える。
まず、メロの不調を診てくれる場所。
病気やケガになったら、人間なら病院に行けばいい。動物なら獣医のいる動物病院だ。
そして野生パンならパン屋・ベーカリーに行けばいいらしい。
無論どこでもいい訳ではない。お店によっては野生パン自体に拒絶を示される場合もあるので注意が必要だ。
「野生パン医療免許」なる資格を取得した人がいるお店に行く必要があるという。免許取得者がいてかつ設備基準をクリアしていれば、パン屋じゃない場所でも野生パンへの医療行為は認められるが、まだ国内に医療専門施設はできてないとか。
とにもかくにもと、近隣でメロを診てもらえる場所を検索したら、なんとあのデパートの近所にあるベーカリーがヒットした。美味しい食パンが人気で、焼きたてには行列も並ぶお店だ。野生パンの診療、検査、薬の処方、すべて一カ所でできるという。
よほどの重傷でなければ、リモートでの対応も可とのことだ。
これも何かの縁ということで、早速リモート診察の予約をネット経由で予約した。
「「ごちそうさまでしたっ」」
わたしとくるみが揃ってオムライスを完食した。ついでにレモネードを一息に飲み干す。ぷっはあ。
「メロちゃん、何時に診てもらえそう?」
お皿とグラスを台所に片付けたついでに、わたしは母さんから預かった言づてをそのままくるみに伝える。
「三時半。十分前には通話できるように準備してくださいって。メロのことも詳しく伝えることになるから、よく様子を見ておかなきゃ」
「美羽ちゃんパパの美味しいオムライスで、メロちゃんちょっと元気になったかなー」
「そうそう、食欲はあるんだよね。お腹空かせて動けなかった、とかかなあ」
ほんの少し前まで未知の生き物だった野生パンが、谷崎美羽の日常にふにふにと入り込んできている。
リモート診療も初めてだし、そのあとうまくメロと付き合えるかどうかもまだわからない。 いきなりどこかへ逃げ出していなくなってしまうリスクも、なくはない。わたしの不注意で最悪命に関わることになってしまうかもしれないのだ。
なのにメロの助けになろうと決意したわたしは――不安や緊張以上にどこかワクワクしていた。こんなふうに思うの、久しぶり。
くるみとリビングに戻ると、メロが今度はとんかつを食べていた。食べることが大好きな野生パンなのだろうか。ちなみにとんかつの出所は、俗に言う夕べの残りってやつである。オムライスは父さんだったけど、こっちは母さんが作った。
「きゅうう」
わたしが近づくと、メロがとんかつをもごもごさせたまま甘く鳴いた。
酸っぱい異臭もさっき挨拶した時漂ったお菓子な香りも、すっかり落ち着いている。メロに鼻を寄せると、メロンとホイップクリームとビスケットが混ざった香りがふわあっとした。
まだ体の黄緑は枯れ草のようにくすんで、しわもやや減ったような気はするがまだ残ってはいる。
食欲はあることから、栄養が足りなかったのかもしれない。野生パンに必要な栄養を知っておいたほうがいいのかも。メロンパンは苺が好物なのは、ジェラート屋での一幕で知ってるけど。
「メロ、とんかつ美味しい?」
そう尋ねるとメロはなんと、くわえていたとんかつを一瞬で飲み込んでしまった。
あまりの早業に、変な声がでた。蛇が卵を丸呑みするのは知ってたけど、とんかつを丸呑みする生き物は今初めて見た。大食いチャンピオンでも難しいよ! ていうか喉に詰まって死ぬわ!
「ふぇっ!?」
「きゅっ」
メロは平然とげっぷをしてみせた。なんてことないらしい。気を取り直して、口元にテカテカと油の衣が付いているのを、ハンカチでぬぐってあげる。
「もう、驚くなあ。きみ、とんかつは飲み物ですって言うタイプ?」
「きゅうん」
「今日はこのあと、メロをパンのお医者さんに診てもらうよ。しっかり良くなろうね」
風邪を引いた子どもに接するお母さんのような声音で、会話をする。
メロが人なつっこい性格なこともあり、わたしはメロと簡単に打ち解けることができた。自分の家だと「音」を気にしなくていいし。学校でもこんな風に人と接したいと感じるほどに。
それをそばで見ていたくるみが微笑んだ。
「美羽ちゃん、メロちゃんと仲良しだねー」
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