十四話

 食前の祈りの文言。自分と周りとの違和に、アイリスはぱっちりと目を開けた。


「さ、食べましょ」

「……あ、はい」

(文化の違い……?)


 僅かに疑問を抱きながら、籠のパンへ手を伸ばす。


(そしてこれも、文化の違い?)


 掌に乗り切らないテーブルロールを取って、アイリスは並んだ朝食を眺める。


 オムレツは顔ぐらい、ベーコンにソーセージにサラダはそれぞれボウルに大盛り。スープ皿も大きく深いし、大きな銀盆には様々な果物が、聳え立つ山のようだ。


(竜の皆さんは代謝が高い?)


 アイリスが運んだパンも、どれも知る物の二倍はある。それが各々の籠にこれでもかと積まれて。


「……あの、いつもこれくらい召し上がるのですか?」

「? これくらい?」


 アイリスの視線を辿り、ブランゼンもテーブルの山々を見渡す。


「そうね? 急にヘイルが来たからパンとかは間に合っていないけれど」

(このパンの山、本当は二人分なの……?)

「それで、そうよヘイル。結局何しに来たの?」


 ブランゼンは静かにスープを掬いながら、大房の葡萄を取り上げるヘイルを見据えた。


「ああ、言ってなかったか」


 自分の皿に葡萄を置き、ヘイルはこちらに顔を向ける。


「あれから、アイリスに良さそうな家があったと思い出してな。これから見に行かないかと」

「え?」


 ここで暮らす。昨日の言葉をアイリスは思い出す。


「家? しばらくは私と一緒で良いんじゃないの? 玻璃の都ここに慣れてからでも」


 ブランゼンは片眉を上げる。


「それもある。だから家はこの近くだ。本当なら俺の所が一番良いと思うんだが……」

「それはやめなさい」

「そう言うだろうと思ってな。お前は少し世話焼きの気が強いだろ」

「誰かさんが突拍子もない事し過ぎるからでしょ」

「それは、まあ。……だからここにいると、他の者達と馴染むのも時間がかかるんじゃないかと思ってな」

「だからってまだこんな小さな子を」

「放り出す訳じゃない、周りの者全員で手を貸しながら暮らすんだ」


 頭上で交わされる会話について行けず、アイリスははわはわと手を彷徨わせる。


「たとえ隠したとしても、人である事はいつかばれる。ならば寧ろ、それを使って皆に一員と認めさせる」

「あなたほんと、ほんっと」

「アイリスの身の保証は俺がする。住民が心地よく暮らすための環境作りが、俺の仕事だ」

「あ! だからそんな格好してる訳ね! 珍しいと思ったのよ」


 ブランゼンの言葉に、アイリスは改めてヘイルを見た。

 昨日は下ろしていた白銀の髪は、編んで一つに。服装も少しばかり地の厚い、形のしっかりしたものになっている。


「これなら周りの者達も、おおやけだと分かるだろ」

「そうね。真面目な格好の貴方は珍しいもの」

「で、どうだアイリス?」

「えっ?」


 急に話を振られ、アイリスは固まった。


「家を見に行くのは」

「ええと……お話は嬉しいのですが、私、今手持ちは何もないですし……そもそも今も、ご厄介になってる身の上ですし……」

(そうだ、私は家無しなんだった。今ご飯を食べられている事が、どれだけ幸運か)


 改めて認識する自分の置かれた状況に、アイリスは肩を落とす。


「その辺りの保証も、まあ諸々全部俺になるな。負債になるでも無いし、何も気にする事は無い」

「アイリス、頼れるものにはしっかり頼るのが良いわ。勿論、私の家に居てくれても一向に構わないし」


 俯いた頭に触れるヘイルの手も、肩に置かれたブランゼンの手も、とても暖かい。


「…………ありがとうございます」


 アイリスは一度目を閉じ、息を吸って瞼を開く。


「ヘイルさん。お家、見に行かせて下さい」



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