駄女神様のアメナちゃんは成功と失敗する。

夜々予肆

駄女神様のアメナちゃんは成功と失敗する。

 俺は今日も今日とて朝早くから近所を散歩し、いつから始まったのかも曖昧になってしまった長い夏休みを満喫していた。今日が何曜日なのかももうわからなくなってしまったが、昼間になると暑くなるのはわかる。


「あーあ。突然空から可愛い女神が降ってきて神の力やら何やらで俺の人生薔薇色に変えてくんねぇかなぁ」


 そんなことを思いながら、俺は雲一つない青空を見上げた。今日も快晴だな……ん?


 何回か瞬きして俺の目がおかしくなったのかどうか確かめてみたが、何か大きくて白い物体がゆっくりと空から落ちてきているのがはっきりと目に入った。


「なんだあれ……?」


 目を凝らしてよく見てみると……白くてミニスカートのワンピースと煌びやかな宝飾品を身に纏っていてなおかつブロンドヘアーをツインテールにしている美少女だった! やったぜ!


「いやっほおおお女神様じゃああん!」


 やっぱり外には出てみるもんだなとテンションが上がりまくった俺は着地点っぽい所に向かって走り出した。そしてゆっくりと地上へと落ちる彼女をお姫様抱っこの形でゆっくりと受け止めた。ふわっと香る甘い匂いと柔らかな感触に鼻の下を伸ばしつつ、腕の中の彼女を見るとゆっくりと目を開き始め、大きくて緑色の瞳がこち


「変態!」


 いきなりそう叫ばれて殴られた。


「ぐはっ!?」


 強烈な一撃を喰らい俺は宙を舞い、地面に叩きつけられた。コンクリートが鉄板みたいに熱いんだが! ここに落ちないようにしたんだからむしろ感謝して欲しいし俺をここに倒したことを謝罪して欲しいんだが!


「いきなり何すんだよ!」

「それはこっちのセリフよ! なんでいきなり抱きかかえて来るのよ!」

「女の子が空から落ちてきたならそうするのが常識だろう!」

「そんな常識知らないわよ!」


 彼女は地面に仰向けになった俺を上から睨みつけてきている。俺はちょっとそのままの姿勢で身体を動かしてスカートを覗こ


「へ、へへへへ変態!」

「ぐうぇぇぇ!」


 うとはまだしてないのに腹を踏まれた。なんでだ。

 

「全くもう! それよりあんた、名前はなんて言うのかしら!?」

「俺の名前は成功クリア。何色にも決して染まらない、無色透明の人間さ」

「無職童貞の間違いでしょ」

「なぜバレた!?」

「やっぱりそうなんじゃないの!」

「おまっ……! ハッタリかけやがったな! この駄女神!」

「だめがっ……!? ちょっと! 私はれっきとした偉大なる女神様なのよ! その言い方はあんまりじゃないかしら!」

「やっぱり女神様だったのか! やったぜえ!」

 

 その言葉を聞いた俺は立ち上がってその勢いのまま女神様に向かってダイブした。しかし女神様はそれをひらりと避けた。俺は顔をコンクリートに焼かれた。お好み焼きになっちまうぜ!


「危ないわね……。一体どういうつもりなのかしら?」

「危ないのはそっちだろ! 避けるんじゃねえよ! そこは飛び込んでくる俺をその平たい胸で受け止めるところだろ!」

「平た……!? ちょっと! 一番気にしてること言わないでよ!」


 顔を真っ赤にして怒ってる女神様は可愛いかった。これは是非とも押し倒してその貧相な身体を思う存分堪能したいものである。ぐっへへへ。


「そういうこと言うと、余計に男は気になるものなんだぜ?」

「うぅ……どうせ私なんか……」

「まあそれはともかく、俺の望み叶えてくれない?」

「唐突すぎるわよ!?」

「だってずっと願ってたことだし。あー。突然空から可愛い女神が降ってきて神の力やら何やらで俺の人生薔薇色に変えてくんねぇかなぁって」

「か、可愛いって……!」

「というわけでよろしく頼むぜ、女神様」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! その、あの、えっと……」


 顔を赤くしながらごにょごにょと言い淀んでいる。何言ってるか全然聞こえないぞ。


「と、とりあえず! あんたの望みって一体何なのよ!」

「そうだな。まずは俺の部屋に来てくれ」

「へ、部屋? なんで?」

「いいから来いよ」


 俺は困惑している彼女の手を取り、自分の家へと連れ込んだ。そして部屋のベッドに腰掛けさせ、自分も隣に座った。彼女の手は小さくて柔らかくてほんのり温かかった。久々に女の子の手を握った気がする。女神様を女の子扱いしていいのかどうかはちょっとわからないけど。


「えっと……あの……」

「名前はなんていうんだ?」

「あ、アメナっていうのだけど……」

「そっか、良い名前じゃん」

「あ、ありがとう……?」

「それで、願い事の話なんだけどさ」

「え、ええ」

「ノーベル賞完全制覇したいなって思ってんだ。俺」

「ノーベル……賞……? あの、ノーベル賞?」

「そうそう。だから、俺に授賞をさせてくれないか? 生理学・医学賞と物理学賞と化学賞と経済学賞と文学賞と平和賞全部」

「は、はあ!? なに馬鹿なこと言っちゃってくれてんのよ! 無理に決まってんでしょ!」

「なんでだよ。神の力で何とかなるんじゃないのか?」

「そんなこと出来るはずがないでしょうが! いくらなんでも整合性取れなくて破綻するわよ!」

「えぇ……。じゃあ俺の夢は一生叶わないのかよ……」

「そうね、残念ながら」

「マジかよ……。せっかく長年の夢が叶うと思ったのになあ」

「ふふん。ざまあみろって感じね。どうせ研究とかも何もしてない癖によく授賞したいなんて言えたものね。本棚とかも見た感じ……ほ……ほんとか……その……」

「ほんとか?」

「ほんとよ! 変態!」

「誤魔化すなよ! 俺の秘蔵の本をチラッと見てただろ!」

「み、みみみみみみ見てないわよ! い、いいいいいいい『淫乱な女神ですが、貴方のママになってもいいですか?』なんて本絶対に見てないから!」

「なんで見てないはずなのにタイトル完璧なんだよ!」

「はっ!? ち、違うのよ! これは、その、たまたま目に入っただけで、決して私がそんなタイトルの本を見ていやらしい妄想をしただとかそういうわけではないのよ!」

「はいはい、わかったよ。それじゃあ別のお願いをするしかないな」

「べべべ別のお願い? そ、そうね。言ってみなさい」

「ノーベル賞が無理なら……クラシック三冠とか取りたいな」

「クラシック三冠って……え……あの……?」

「ああ。俺に皐月賞とダービーと菊花賞を勝たせてくれ。出来れば無敗で」

「えっと……一応訊くけど……ジョッキーとして、そういう馬に乗って、勝つってことよね?」

乗る方騎手じゃなくて走る方競走馬で頼む」

「え、いや……え、は、はあ!? あんた自分で何言ってんのかわかってんの!?」

「もちろん。だからこそ女神様に頼んでるんじゃないか。あとついでに有馬記念も取らせて欲しいな」

「あんた……正気なの!?」

「ああ。至極真面目だぜ」

「……あのね。まず大前提として、クラシックレースは三歳の競走馬しか出走できないの。あとついでって言っているけど有馬記念はファンからの人気投票で選ばれるか、多くのレースで結果を残して賞金を稼いできた馬しか出られない大レースなのよ。何かの間違いがあったとしても二十も半ばになって未勝利の人間の男性が出られるものではないの。わかってる?」

「絶対に?」

「ええ。絶対によ」

「でも、もし出られれば結果はわからないだろ? 単勝万馬券とかもあるんだし」

「わかるわよ! ていうか競走馬に勝てるつもりでいるのあんた!?」

「現役牡馬は全員童貞だろ? 俺も童貞だし、いい勝負になると思うんだけど」

「そんなので対等になってる気にならないでよ! それとも何かしら? あんたは馬になりたいとでも言いたいのかしら? 馬の二十代なんてもうおじいちゃんよ」

「それは困るな。俺はまだ若者でいたいんだ」

「でしょ? だったら諦めなさい。そもそもどうしてそんなに出たくて勝ちたいのよ」

「だって競走馬として生まれたからには目指すのはそこだろ?」

「あんた人間でしょ!」

「そうかよ。じゃあオリンピックの全競技の全種目で金メダル獲得でいいよ」

「全競技……ってまさか空手サーフィンスポーツクライミングスケートボード野球ソフトボール水泳射撃自転車ハンドボールゴルフサッカーボクシングバスケットボールテニス近代五種テコンドーカヌー陸上柔道レスリングラグビー卓球馬術セーリングバレーボールホッケーアーチェリートライアスロンバドミントンフェンシングボートウエイトリフティング体操とかそういうやつ全部で金メダルを取らせろって!?」

「そうだよ。アメナも段々俺が言いたいことわかってきてんじゃん」

「わかるわけないでしょうが! いくらなんでも馬鹿げてるわよ! 一体どんな人生送ってきたらそんな考えになるのよ!」

「俺の親父、めちゃくちゃスポーツ好きでさ、幼少期から俺に色んなスポーツやらせてきたんだよ。で、なんでこんなにたくさんやらせたんだよって聞いたらさ『お前は全ての競技で金メダルを取れる天才なんだ』って言ってきてさ、なんだよそれって笑ってたらさ、それが親父の最期の言葉になっちまって…………ぐっ……わ、悪い………」

「もういいわよ……その……馬鹿げてるなんて言って……ごめんなさい」

「いや……いい……だ……」

「私もね……神学校……あ、ここでいう神学校っていうのは、神様になるのを目指すための学校のことね。そこの落ちこぼれだったの。だからダメナダメナって百年くらいずっと馬鹿にされてきたわ。でも……先生は……私を……助けてくれた。突然やってきた悪魔に他の子が次々と殺されていく中、先生は私をかばって……それで……結局私だけが生き残って……」

「まさかお前にそんな過去があったとは……」

「だけど、それから何とか頑張らないとって思って空回りしちゃったりして今でも落ちこぼれのままだし、ここに来たのも私の意思じゃなくてただの命令なんだけどね……体のいい左遷というか、追い出しというか……あはは……」

「そうか。ちなみにスポーツ経験は皆無だし親父は普通に生きてる」

「は?」

「だから、俺の話は嘘なんだよ」


 無言で殴られた。明滅する視界の中で女神様が俺の頭を回り始めたかと思ったら目の前で膝立ちになっていた。


「痛ぇよ!」

「このクソ野郎」


 完全にゴミを見る目で俺を見ている。でも、そういうところも含めて可愛いかもしれないし、可愛くないかもしれない。とりあえず、今のは俺が全面的に悪いと思うけどそれはそれとして女神がクソ野郎と口走るのはどうかと思う。


「女神たる者がクソ野郎なんて汚い言葉使っちゃダメね」


 自覚はあったらしい。


「ごめんな。ちょっとした冗談だよ。許してくれよ」

「絶対許さないから! 今までこんな秘密、人間にバラしたことなんてないのよ!」

「じゃあ俺は特別ってこと?」

「調子に乗るんじゃないわよ! 今すぐ地獄に落とすわよ!」

「それは困る。落とすにしても俺をアベンジャーズにしてからにして欲しい」

「アベンジャーズって……俳優として出演したいの?」

「いや、実際に入りたい。ヒーローの一員として」

「無理に決まってんでしょ! あんたにコミックの原作なんてないし、何の力もないじゃない! 仮にしてあげられたとしても『彼は一体なぜアベンジャーズにいるんだい? 役立たずじゃないか』って世界中から言われるわよ!」

「大丈夫だろ。弓が上手いだけのおじさんもいるし」


 また殴ってきた。だんだん顔が近づいてきているからキスとか出来ないかなと思ってたら蹴ってきた。まだ何もしてないだろ!


「痛えって!」

「あんたは何も上手くないじゃない! 馬鹿に出来る立場じゃないでしょ!」

「いや……あるんだな。それが」


 俺はそう言いながら、勢いをつけてアメナをベッドに押し倒した。


「ちょ、な、なな何をする気なのよ!?」

「俺のスーパーパワー。見せてやるよ」


 アメナは抵抗しているが力が弱い。というよりむしろ、あまり力を入れていない感じだ。多分、本気で嫌なら俺のことを吹っ飛ばすなりなんなり出来るはずだろう。落ちこぼれとはいえ女神ならそれくらいのことはやれるはずだ。でも、それはしてこなかった。


「いや……やめて……お願い……やめ……」

「俺さ、実は、童貞じゃないんだ」


 アメナの動きが完全に止まった。


「え……うそ……あんた……彼女いたの?」


 戸惑うアメナを無視して俺は彼女のツインテールの片方の根元を掴んだ。そして髪留めに指を掛け、そのままシュルシュルと髪留めを引っ張って外した。すると長くて綺麗な金髪がふわりとベッドに広がった。


「あっ……あぁ……ああ……な、なにすんのよぉ!」


 アメナの顔を見ると、頬が真っ赤になっていた。大きな瞳には涙を浮かべている。その表情はどこか艶っぽく見えた。それを見て俺はもう片方の髪留めも抜き取った。


「おー。すごいなこれ。不思議な素材で出来てるんだな」

「か、 返して!」


 アメナの手を払い除け、二つの髪留めを両手で持った。髪留めは見る角度によって異なる色で光を放っている。素材もゴムとかではなさそうだが、伸縮性が存分にあり、何とも言えない感触だった。


「お願い……恥ずかしい……やめてよ……」


 アメナが弱々しく言った。髪を下ろされたのが恥ずかしいのか。女神の貞操観念はよくわからないが、俺はアメナに小声でこう囁いた。


「好きだ。アメナ」


 アメナは驚いて目を丸くしている。


「あ……んた……なに言ってんのよ……」


 アメナは明らかに動揺していた。だが、構わず続けることにした。


「一目見たときから好きだった。お前のことが」

「な……なに言ってんのよ……急に……」

「これが俺の力だ」

「へ……?」

「駄女神をおちょくれる力」


 噛まれた。


「痛ぇ!」

「ふざけないで!」


 今度はグーパンチだ。しかも結構本気のやつ。マジで地獄送りにされかれない威力だった。


「痛ぇって!  悪かった! 謝るから!」

「もう知らない! 勝手にすればいいでしょ! 馬鹿! これ返して!」


 若干涙目になっているアメナに殴られた衝撃で落としてしまった髪留めを拾われてしまった。


「も、もう!」


 そう言いながらアメナは髪をまたツインテールにしようと髪留めを口に咥えながら髪を両手で纏め始めた。


「ポニーテールとかにもしてみれば」

「うるさい! 黙れ! 死ね!」

「なんでそんなに怒るんだよ」

「怒ってない! あんたがキモいこと言うからでしょ!」

「でも、俺が告白したらお前だって嬉しかっただろ?」

「それはその……私を好きだって言ってくれるのなんて……男神にもいなかったし……ででででもあんたのことなんて全然好きじゃないし!」

「ツンデレかよ」

「ツ、ツンデレじゃないし! あと、私のこと好きになるなんて絶対おかしいし! 私みたいなダメな女神! こんな私に好かれたって迷惑なだけでしょ! それに、あんたなんか全然強くないし、運動神経なさそうだし、頭悪そうだし、友達いなさそうだし、根暗そうだし、陰キャそうだし、ぼっちそうだし、ニートだし、童貞だし、ハゲだし、ブサイクだし、臭いし、きったないパンツ穿いてそうだし、デリカシーないし、デリカシーないし、デリカシーないし!」

「ストップ! そこまで言わなくてもいいだろ!」

「とにかく! あんたなんて大嫌いなんだから! もう望みなんて叶えてあげないから!」

「じゃあ、俺と付き合ってくれ」

「あんた本当に馬鹿なの!? いや馬鹿だわ! どう考えても馬鹿でしかないわ!」

「じゃあ、有馬記念だけでもいいから出させてくれよ」

「またそこに戻るの!?」

「頼むよ。アメナ様」

「なんなのよ……ほんと……」


 アメナは髪を結び終えると、大きなため息をついて、こう続けた。


「しょしょしょしょうがないわね、今回だけよ。と、特別だから! いい!? これは決してちょっと嬉しくなったからそのお礼とかそういうんじゃないからね! 絶対!」

「マジかよ! ありがとう!」

「た、たたたたただし! その後のことはどうなっても知らないから! 責任なんて取ってあげないから! 私ダメナだから! 落ちこぼれだから!」

「ああ。わかってるよ。それくらい」

「そ、そう。ならいいわ。でもちょっと傷つくわね……」

「なでなで」

「撫でないで! あ、いや、でも、やっぱ撫でて!」


 手を振り払われた。かと思ったら手を引っ張られて頭を撫でさせられた。なんなんだこいつは。


「ありがと……」


 頭を撫で終えると、アメナはベッドに寝転がり、俺に背を向けるように横になった。そして小さな声で俺に言った。


「じゃあ、始めるから……準備して」

「何をするんだ?」

「決まってんでしょ! 今から時空も因果も捻じ曲げて年末の中山競馬場のゲート前までワープさせるのよ!」

「ええええええ!!!!!!!」

「何よ。文句あるの?」

「いや、だって、そんなこと出来るのかよ」

「出来るに決まってるでしょ! 私だって女神様なのよ!」

「でも……」

「なに。やっぱりやめるって言うの?」


 アメナが不機嫌そうな声で言う。


「そういうわけじゃないけど……」

「じゃあやるわよ!」

「あの……追い切りとか……枠順抽選会とか……」

「そこまでやってたらキリないでしょ! いいからやるわよ!」


 そう言って振り返ったアメナが俺に突如としてキスをすると、俺は一瞬にしてどこか違う場所に立っていた。


「うおぉぉぉぉぉぉ寒っ!」


 俺は興奮やら感動やら寒さやらが混ざり合ってよくわからない感情になっていたが、周囲を見るとそこは紛れもなく暮れの中山競馬場のゲート前で、俺は夏用の部屋着のままで輪乗りに加わっている。誰がどう贔屓目に見ても、どう擁護しても明らかに不審者としか思えない程度には場違いだが、俺はようやく長年の願いが叶い、打ち震えていた。


「おお。すげぇ……すげぇよ……これ……これだよ……これがやりたかったんだよ……」

「ふふん♪」


 隣にはドヤ顔のアメナがいる。こいつは寒さとか大丈夫なのだろうか。多分大丈夫なんだろうな。馬鹿は風邪ひかないって言うし。


「で、これからどうすりゃいいんだ?」

「しょうがないから鞍上は私が担当してあげる。ほら、何か言われる前にさっさと私を肩車しなさい」


 言われた通り、俺はしゃがみ込んでアメナを肩に乗せた。彼女は騎手と同じくらいの体格だが、なぜか重さはあまり気にならなかった。これが女神パワーというやつだろうか。騎手を乗せている馬に混じり女神を肩車している男がいるという最早訳がわからない状況だが、他の騎手や馬や係員は俺たちを全く気にしていなさそうだった。それよりもアメナの太ももの感触が気持ち良くて思わず頬ずりしたくなる。だが、そんなことをしたらそのまま蹴られそうなのでやめておいた。


 ややあって、聞き慣れていながらも聞き慣れない程に凄まじいファンファーレが鳴り響いた後、割れんばかりの拍手が起こった。そしていよいよ枠入りが始まった。俺も係員に髪を引っ張られてゲートに詰められる。やめてくれ貴重な髪が抜けてしまう。


「とうとう始まるわね」

「ああ……」

「どうしたの。緊張しちゃった?」

 

 ハ……と言いそうになったが馬鹿にされること間違いなしなのでやめた。

  

「なんか実感湧かないんだよな。超展開すぎて」

「あんたは何も考えず黙ってゴールまで走ってればいいの」

「わかったよ」

「あんたは私の言う通りにしてくれればそれでいいの!」

「でもさ……キス」

「それは言わないでえ!」


 蹴られた。痛かったけど、太ももが更に密着したし、その先にある布の感触も頬に感じたので結果オーライ。やっぱり特別な素材を使っているんだろうか。ぐっへへ。


 俺は興奮の余り今の見たかとつい横を見てしまった。そこには雄大な馬体をしたサラブレッドが凄まじい迫力で立っていた。目は俺を見ているのか、それともスタートしてすぐにあるコーナーを見ているのかはわからなかったが、多分後者だろう。何か鼻息が荒いように感じるけど。


「やっぱりこれどう考えてもおかしいと思うんだけどこの状況」

「そ、それはその……そうだけど……いいじゃない! 正直私の力じゃこれが精いっぱいなのよ!」

「そうなのかよ!?」

「そうよ! 悪い!? あんたみたいなクズにこんな大掛かりなことさせてあげてるだけ感謝しなさいよ!」

「はいはい。わかりましたよ」


 そんなやり取りをしていたら、いつの間にか全頭枠入りが完了していたようで、係員たちが次々と離れ始める。


「開くわよ!」

「ああ!」

「あの……」


 俺がアメナの声に頷いた瞬間、突然隣から声が聞こえた。最初は騎手の声かと思ったが、どうやら違うらしい。なぜなら、


「実は僕も人間なんです! ブヒヒーン!」

「え?」


 そして、隣の馬は開かれたゲートから勢いよく飛び出していった。

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