第4話 あづま薬局
それから、オッサンと色々話をした。この世界……というか、この国は【日本】という国で、私のいた世界とは何もかも異なっていた。魔法もなければ癒術師もいない。通貨も違う。考え方もなんか違う。それで何故言葉が問題なく通じるのかは疑問だが、そこはご都合主義で考えないようにしておく。これで言葉まで通じなかったら私は完全に詰んでたと思う。
オッサンの名前は【アヅマ】さんというらしい。今わたしが連れ込まれている薬屋【あづま薬局】の店主をしている。ていうか、このコワモテで薬屋とか怖すぎる。治る気がしない。
どうして私がこんな世界に迷い込んだのかは分からないが、帰り方が分からない以上は、何とかこの世界に馴染んでいくしかないだろう。正直今すぐ帰りたい、うん。
アヅマさんに色々教わった分、逆に私の生きていた世界、暮らしていた村の事を沢山話した。しかめっ面で聞いていたアヅマさんは、聞き終えた後「完全にファンタジーじゃねぇか」と吐き捨てるように言っていた。はて、ファンタジーとは何ぞや。
さてさて困ったことに、私はこの世界でどうにかやっていかなければならないのだが……路銀が無ければ住まいの当てもない。いきなり路頭に迷うことが確定している。
「あ、あの……」
「あァん?………何だ」
こうなりゃヤケっぱちだ!
「私を雇ってもらえませんか!?」
あまりに唐突だったからか、アヅマさんがポカンとしている。でもこうなったら後には引けない。だって私には行くところなんてないんだから。どんなに目の前のオッサンの人相が悪かろうが、知ったことか!
「お話しして分かったとは思いますが、私には行くところがありません。そもそも、この世界の人間でもありません。お金も無ければ知り合いもいない、これからどうすればいいかも分からないんです」
「掃除します、洗濯もします、料理だって下手ですが必要なら頑張ります!
何でもしますから、此処に置いて下さい!!」
土下座する勢いで頭を下げる。いやもう土下座しよう。だって普通に考えたら、こんな怪しげな女を雇い入れるなんて考えられないもの。
「………ダメだって言ったら?」
「路頭に迷った末に野垂れ死にして、アヅマさんの前に化けて出ます!」
「力一杯言うんじゃねぇよ………ああもう、分かった分かった!」
「じゃ、じゃあ!?」
「丁度うちの店で働いてた従業員が1人、産休に入っちまって困ってたんだよ。うちの店の従業員として働くって事なら面倒見てやる」
「やりまっす!!」
「即答だな」
迷う理由がない。薬屋さんってことは、訪れる患者さんを治すってこと!私の魔法が絶対役に立つ!
「ああ、そうだ。おめぇ、」
「はい?」
「此処にいる以上、魔法とやらは一切使うんじゃねえぞ、いいな」
「はァァァ!?」
いきなり最終兵器にして唯一の武器を取り上げられた。納得いかなくて思わず大声を上げたら、耳を塞いで五月蝿そうにアヅマさんが睨み付けてくる。
「ど、とうしてですか!?」
「どうしても何も、そもそもこの世界に魔法なんかねぇからだよ」
「でも、怪我したり病気したりして来るんでしょ!?だったら治してあげるのが一番早いじゃないですか!!」
「あのなぁ、此処は薬屋なんだよ!薬売ってなんぼなんだよ!てめぇの魔法ひとつでうちの売り上げ下げられてたまるか!!」
「で、でも、」
「それに、俺たち薬屋は医者じゃねぇ。客から症状聞いてそれに合った薬を薦めることはてきるが、診断することはできない。そいつは医者の領分だ」
「アヅマさんは違うんですか?」
「俺は医者じゃない、薬剤師だ」
「…………やくざいし?」
知らない単語だ。この世界独特の言い回しなのだろうか?
「おめぇの世界では、魔法以外の治療は無かったのか?」
「無くはないです。そもそも癒術師自体が珍しい存在なので、基本はお医者さまです」
「その医者が、薬も出すのか?」
「はい、そうですけど……」
「なるほどな。こっちでは診察と投薬は基本的には分業なんだ。入院患者はまた別だが、外来患者の場合、診察と薬の処方は医者がやるが、その薬を準備して患者に渡すのは、俺たち薬剤師なんだ」
なるほど、そういう事なら理解はできる。面倒臭いなぁとは思うけど、つまり医療行為の中から投薬を分業したってことか。
「それに、こんな所で魔法なんて使ったら、良くて見世物悪くて人買いだがそれでもいいのか?」
「やっぱり人買いいるんですか!?」
「そりゃあ、どこの世界にも悪いことする奴ァごまんといるわな」
「それはアヅマさんではなく?」
「ぶん殴られてぇのか」
ぷんぶんぶん。首を必死で左右に振る。アヅマさんの大きな拳で殴られたらその部分が無くなるわ!
「と、とにかく、これから宜しくお願いします!」
「…ったく、けったいなモン拾っちまったなぁ……まぁ良いか。死ぬほどこき使ってやるから、死ぬほど働けよ」
「モチです!」
なんと、アヅマさんの方から手を差し出された。やっぱり悪い人ではないんだよな、顔が怖いだけで。
目の前に出された手が凄く嬉しくて、私はそれを強く握りしめた。
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