癒術師が迷い込んだのはセルフメディケーションが当たり前の世界だった

佐伯みのる

第1話 癒術師のユミル

 私はユミル。アンディーという名の牧歌的な村で癒術師として働いている。

 まず、癒術師について説明がいるだろう。癒術師とは………まぁ、有り体に言って医者みたいなものだ。ただ、医者は薬を使って人を治すのに対して、癒術師は魔法を使う。私のいる世界に魔法というものは広く浸透していて、大体の人は魔法を使える。

 とはいえ、おおよその人が使える魔法は、竈に火を入れたり、洗濯の為に水を出したりといった、生活に直結する簡単な魔法ばかりである。

 魔物を倒すのに必要な攻撃魔法や、剣を持ち戦う仲間を支援するための補助魔法、そして人を癒す事ができる回復魔法、これらは誰でも使えるというものではない。辛い訓練を乗り越え手にする者がほとんどだが、稀に生まれつきの資質で使える者もいる。私は後者だ。

 物心ついた時から、私には誰かを癒す力があった。初めて魔法を使ったのは、実は自分自身に対してである。道端で派手にスッ転んで、膝小僧を擦りむいて泣きながらそこを擦っていたら、いつの間にか治っていたのだ。擦りむいた傷も跡形もなく消えていた。最初はこの力が何なのか、自分には分からなかった。

 後にそれは回復魔法なのだという事を知る。そして、回復魔法の使い手を【癒術師】というのだと。

 私が生まれ育ったアンディーの村に癒術師はおらず、年老いた医者(魔法でなく薬草や薬湯で治療する者)が1人いるだけだった。癒術師がいないのには理由がある。強力な魔法を使えるようになった者は、王都に上京した者が殆どなのだ。

 魔法の使い手になるための訓練を受けるためには王都に出向くしかなく、そこで強い魔法を手に入れた者はそのまま王都で仕官をするか、冒険者に雇われるか、王都で店を開くかする。単純な話、それが一番稼げるからだ。

 その王道な人生から少し外れた道を行くのが、私みたいに生まれつきで強い魔法を使える者だ。といっても、1000人に1人いるかどうかの確率なので、相当稀な事だと思ってほしい。生まれつき癒術師の力があった私は、訓練を受けるために王都に行くこともなく、生まれ育った村でたまに出る病人や怪我人を癒して小銭を稼ぎながら、のんびりと暮らしていたわけで。


 ここまでが前置きである。






「せんせー、この薬草でいいの?」

「ん?………おお、それじゃそれじゃ。採取には充分気を付けるんじゃぞ」

「はーい」

 私はこのアンディーの村でたった1人の医者である、マクソンさんに師事している。癒術師の私は人を治す事ができるけれども、診察・診断に関してはまだまだ未熟なので、彼の手伝いをしながら教わっているのだ。

 私の魔法はいわばチートだ。何でも治す。だが、だからといって腹痛の人に骨をくっつける魔法を使ったって意味がないし、胸の具合が悪いという人の腕に魔法をかけたってしょうがない。いわゆる、そういう【見極め】と【医者としての心構え】を教わっているのだ。

 マクソンじーちゃんは凄い。患者さんの状態を聞き取り、触診し、的確な薬を拵えて患者に与える。魔法と違って即効性があるわけではないが、徐々に患者さんの状態は良くなり、最終的には快癒する。マクソンじーちゃんはこれまた珍しいのだが、生まれつき全く魔法が使えないらしいのだ。だからこそ、この医療方法で長年やってきている。

「取れた取れた!こんなものでいい?」

「んー、最近風邪が流行っとるからのぅ、もう少し欲しい所じゃて」

「りょーかいでっす!」

 マクソンじーちゃんに言われたので、同じ薬草がないか辺りを探し回る。ほんとは師匠と弟子という関係性だが、山菜取りの爺さんと孫にしか見えないんだろうな。

 ひょいと崖下を覗き込むと、お目当ての薬草がびっしりと生えていた。あれを摘むことができれば量としては充分だろう。

 落ちたら大惨事なので、地面に這いつくばって崖下に身を乗り出し手を伸ばす。あとちょっとが届かない。本当にあとちょっとなんだけどなぁ。思いきってもう少し前に出て……と。

「よし、届いたっ!」

「こりゃユミル!何をしとるんじゃ!危ないぞ!」

「大丈夫!取れたから問題な…っ」

 ぐらり、と違和感。体勢を崩したかと思ったんだけど、そうじゃない。これは。

「えっ、えっ?地震っ!?」

「ユミル!そこは危険じゃ、早う戻れ!」

「わ、わかっ………わあぁっ!?」

 起き上がろうとした瞬間、足元の地面が大きく振動し、その揺れに耐えきれなかったのか、地面がボコン、と。

「わ、割れたァァァァ!!」

「ユミルーーーーー!!」

 地面と共に崖から真っ逆さまに落ちる。落ちながら、意外と私の人生短かったなぁとか、この手に摘んだままの薬草をどうしようかとか、父さん母さん先立つ不幸をお許し下さいとか、なんか色々考えて、そして思考はスパークした。

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