夏の日の彼

狩野すみか

第1話

 もう会いに行くのはやめよう。小指が痛むことを理由に、通院するのはやめようと思っても、「次は、水曜日に来て下さい」と言われると、予約を取って行ってしまう。

 向こうは、優しくするのが仕事だって分かってるのに。

 ちょっと優しくされたくらいで落ちちゃって、自分でも馬鹿みたいだと思う。

 三十過ぎて、超がつくほど過保護だった父親に、「お前は、いつまでも結婚しないで、出て行かない」とふっかけられて、取っ組み合いのケンカをさせられて、左手の 小指が曲がって来るなんて思わなかったけど。

 病院の外来受付時間は終わってしまっていたので、昼休憩に入る前に、焦って入ったのが、商店街に新しく出来たばかりの整骨院だった。

 彼が私の担当になったのはたまたまで、その時、整骨院には、彼ともう一人、彼と同じくらいの年齢の茶髪の整体師の男性と、ピンクの制服を着た若い女性の受付さんしかいなかった。

 受付の女性に、泣きながら、小指を傷つけられた事情を話していた私は、浅黒い肌をした整体師にしては華奢な彼に、突然、明るい笑顔で、

「大丈夫だから。絶対治してみせる!」

 と言われて、内心、

 ――馬鹿みたい、正義漢ぶっちゃって。

 と思いながら、子どものように笑ってしまった。

 情けないことに、それからすっと彼が心の中に入ってきた。

 治療は腫れがひいてから、明日からということで、応急措置をして貰って、整骨院を出た後も、何か嬉しくて、壊れた腕時計を見ながら、一人で笑ってしまった。

 それから、私は仕事帰りに、整骨院に通うようになり、関節が少しずれてしまった小指の治療を続けていた。

「しばらくは毎日来て下さい」

 カルテを見ながらそういう彼に、

「毎日は無理」

 と私が返すと、彼は少しムッとして、

「治したくないんですか?治したいなら、毎日来て下さい。しばらくは僕が診れるけど、いつ診られなくなるか分からないんで」

 と言った。

 そう言われると私も、頷かないわけにはいかなかったけど。


 ここが担当性ではなく、最初の十日間ほどの治療が終わると、誰が担当するか分からないシステムであることを知っておくべきだった。




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