第2話
「純正品ではないのだが、具合はどうだい?」
「動作に問題はありませんが、純正品よりも出力が高いのであります」
「それはそうだ。そのユニットは我が局による次世代ユニットだからね」
「それともう1つ。自分、脚部ユニット破損につき、行動不能でありますが」
「やや? おお、対機巧兵特殊拡散弾か」
ユニット交換の際、口にくわえていた指向性ペンライトを私のズタズタな脚部へ向け、楽しそうに口の端を上げつつ背嚢から交換用の脚部パーツを取り出す。
「他にあったら全て挙げてくれ。小出しに交換するのは非効率的だろう?」
「交換が必要な損傷を受けた部位は、機関部と脚部のみであります」
「そうかい。では下半身パーツのリンクを1度切っておくれ」
「了解、であります」
私が下半身パーツのリンクを閉鎖すると、穗村は腰から下を工具で外して、テスト品である事を示すダズル迷彩にラッピングされているそれと交換していく。
ユニット交換の際にも思ったことだが、穗村大佐は機動隊長という割には、本職の商売あがったりと言っても良い程に手際が良い。
機巧兵の構造はユニット化されているとはいえ、非常に複雑な構造につき、マニュアルとにらめっこになるのが普通なのだが。
「そうだ。さっき君が訊いた質問だが、私は君を懐刀として傍に置きたくてね。軍令部に確保されると、まだ現時点では手が出せなくなってしまう、と答えさせてもらうよ」
刀剣に例えるという事は、鹵獲した兵器としての運用をするのか、と訊くと、穗村は一瞬キョトンとした後、クックック、と笑いつつ、そういう意味ではないよ、と返した。
「やーすまないすまない。君はどうも物を知らない様だね。腹心の部下とかそういう意味だ」
「は。以後、気を付けるのであります」
「辞書を引く癖を付けなさい。それだけで随分マシになる」
穗村は口と同時に手もしっかり動いていて、私へ気安く喋っている間に交換作業を完了させていた。
「これでよし。さてと」
私が下半身部分へのリンクを再開し、動作チェックをかけ始めたところで、おもむろに穗村がその辺りに転がっていた同型機の残骸を引っ張り出した。
破損した機関部ユニットと交換した脚部と、私の全身に付いていた拡張装備をそれに取り付けて、私がさっきまで転がっていた辺りにそっくりそのまま戻した。
「ダミー、でありますか。しかし、頭部が別では意味がないのでは?」
「あるんだ。これがね。さて、この場から速やかに離れようか」
もう動けるだろう、と言って穗村が差し伸べてきた手をとって、元よりはるかに性能が良い脚部パーツで立ち上がった。
立ち上がって分かったことだが、穗村は全高170㎝私より頭1つ小さく、案外体つきも軍人にしては細い様に思えた。
「いきなりで悪いが、
「はあ」
ほぼ初対面かつ、組織的には仮想敵であるはずの私に、命を預ける様なマネをしていいのか、というのが気になるが、訊いたらまた嫌な顔をされそうなので従った。
「うーん。荷物になった気分だねえ」
背嚢を背負って小脇に抱えたところ、穗村は仮面の下から若干不満そうな声を漏らしたので、1度降ろして横抱きに切り替えた。
とはいえ、速力は人の脚と大差は――いや、あるな。しかもかなり。
不整地かつ傾斜地で時速60キロも出た事に私も驚いていると、
「おお、速いねえ。流石は
非常に愉快そうな声を漏らしていた穗村が、揺れで舌を噛んだ様で黙りこんでしまった。
「よし、もういいだろう」
大体3キロ離れた山の山頂についたところで、穗村からそう言われて止まった。
「私としたことが負傷してしまったよ」
穗村を下ろすと彼女は仮面を上げて、私が背負う背嚢から止血剤を出して舌にかけた。
廃棄場の方角をスコープで確認すると、陸軍兵が戻ってきていて、私のダミーを掘り出して蹴りを入れていた。
「あーあ、乱暴な。さて、君もしゃがみなさい」
そのスプレーをしまった穗村は、暗視装置付き双眼鏡で同じ物を見ていたようで、ため息交じりにそう言うと、またもやおもむろに地面へしゃがみ込んだ。
「何を――」
ちらっと足元を見てから、スコープに視線を戻したところで、ダミーが爆発を起こして機巧兵の残骸ごと陸軍兵を吹っ飛ばした。少し遅れて、爆音と衝撃波がこちらまで届く。
「君はさっき、捕えられた場合は死を、と言ったが、〝個人〟には選択の余地は用意されていないのだよ。コマンドで〝ワレ行動不能ナリ〟、と入れたらご覧の通りだ」
「機密保持のためには、兵器の自爆など珍しいことではないと思われますが」
「希薄ながら君たちに意思があるのに、その扱いでは経済動物以下じゃあないか」
「機巧兵への兵器扱いの何か問題なのでありますか」
「私は問題だと思うね。辞書で〝尊厳〟というものを引いてみるといい」
全く理解出来ない概念に首を捻る私に、穗村は指さしながらそう言うと、通信機を取りだして兵器開発局へ連絡を入れた。
「では、できるだけ早く頼む。寒くて風邪を引きそうだ」
状況を完結に説明した穗村は、クツクツと笑いながらそう言って通信を切った。
「冬期装備ではないのでありますか?」
「来るときはパワードスーツを着ていたのだ。機関ユニットを君に使って文鎮になったから処分場に置いてきたがね」
氷点下に迫る気温の中、黒い単なる布1枚の外套と、摂氏5度までしか対応できない黒いインナースーツを纏っているだけだが、穗村は余裕そうにしている。
「……電源を共有すれば良かったのではありませんか?」
「君は一刻も早く離れる必要がある中、山道をムカデ走しろとでもいうのかな?」
「機巧兵ならば、むしろそちらの方が速くなるのでありますが」
「残念ながら私は上から下まで生身なものでね」
無駄話は良いから移動するぞ、といって、穗村は茂みの中へと分け入っていく。
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