“機巧兵”カミツの忠誠

赤魂緋鯉

本編

第1話

「いたか?」

「いや。機巧兵の残骸なら、見ての通り山ほどあるが」

「ちっ。戦略機巧軍の犬が。厄介なところに逃げやがって」


 人気のまるでない夜間の窪地くぼちで、私は戦闘で破壊されて動かなくなった、かつて同じものだったものに埋もれ、面白みもなにもない悪態をつく追っ手から隠れていた。


 私を含めた〝機巧兵〟は、唯一の生体部分である脳すらも培養された作りサイボーグであったが、敵の油断を誘うために女性型で人間の様に偽の血を出し、さらに趣味の悪いことに、人間の様に苦痛を感じる様に造られている。


 とはいえ、多少小銃を撃ち込まれたり地雷を踏んだところで動く事はできるし、機関部をやられない限りは苦痛をまるで感じ無いが。


 だが、どうあっても脚部を吹き飛ばされれば、当然、物理的に行動不能な状態とはなる。


「もしかしてここじゃないのか?」

「カモフラージュで痕跡を残せる状態じゃねえのは見ただろ」


 ――かくいう私が、対機巧兵特殊拡散弾で脚部をズタボロにされ、ろくな武装もなくこの軍公式不法投棄場に逃げ込むハメになっているのだが。


 破棄された機体に残っていた偽血のおかげで、まだ居場所がバレてはいないが、追っ手の1人が言うように、流れ出る偽血がここまで連中をナビゲートしたため、もう時間の問題なのは確定的だった。


 さらに最悪なことに、脱走の際、高架を走る運搬車から飛び降りたために機関部が損傷したようで、偽装恐慌モードが起動して手が震え始めた。


「! そこにいるのは誰だ!」


 すぐに停止コードで止めたが、カモフラージュのため上に乗せていた、誰かの脚部パーツが落下して物音を立て、私の顔のすぐ近くに追っ手の懐中電灯2つが向けられた。


「やあ首尾はどうだ。陸のボンクラくん」


 前だけでなく後からも迫る足音が真後ろに来て、万事休すか、と思った矢先、その音の主がニヤついたような低い女声で我が国の陸軍兵へイヤミを飛ばした。


「げえっ。〝墓掘り〟じゃねーか」

「げえ、とはご挨拶だねえ。キミタチと同じ、偉大なる我が国を守る陸軍の仲間じゃあないか」


 〝墓掘り〟、と実に忌々しそうに呼ばれた(恐らく)彼女は、意に介した様子もなくヘラヘラした様子の声を出す。


「手前みたいな得体の知れない、自軍兵の死体を拾って回る部署が仲間だぁ?」

「そんな人聞きの悪い。〝外理棲侵略者がいりせいしんりやくしや〟から尊い命を守る為の研究に手を貸してもらっているだけなのに」


 相変わらずの様子で話す彼女の口から出た〝外理棲侵略者〟は、書いて字のごとくこの世の理から外れた、赤黒い泥の沼から湧く、人もどきの敵対半機械生物の事だ。


 ちなみに機巧兵は、この侵略者に対する無人兵器として開発された。


「けっ、死者を弔う気が微塵もねえクセにヌケヌケと……」

「お前はちょっと黙ってろ。――で、少佐殿。どういった御用向きで?」

「キミタチと同じ、敵よりにっくき戦略機巧軍の間者の山狩りさ」

「それで、エリートであらせられる大佐殿の成果は?」

「いやあ、全く見付からなかったね。私から逃げるとは相手もなかなか厄介だ」

「それでエラそうにツラ見せたってか? は。とんだ恥さらしだなぁ!」

「あーあー。耳が痛い痛いっと。――でもキミタチも、もうここにいない事すら分からないのだから、五十歩百歩だねえ?」

「――ッ!」

「まあまあ。この人がいないって言うならいないんだろう。もう1つの方を探すぞ」

「チッ。さっさと手前も沼に呑まれて溶けちまえッ」

「そうかい。ご達者でー」


 先程同僚に抑えられた兵士が彼女を煽るが、またも意に介されず逆におちょくられ、しょうもない捨て台詞を吐くことになった。


 それを見送って、彼らの足音が聞こえなくなるまで立ち尽くしていた彼女は、


「――さて、〝カミツ〟くん。ここに君の破損したNMH社製B-9型機巧兵用機関のユニットがあるわけだが、入り用かな?」


 的確に私を隠す機巧兵の残骸をどけて傍らにしゃがみ込み、ほぼ正方形の背嚢から八面体のそれを取りだして私へそう訊いた。


「……」


 同じ戦略機巧軍でも、個体識別名で呼ばれることはなかったため、私はつい呆気にとられて何も言えないまま、彼女の狐のようなペイントがされた仮面をじっと見る。


「ああ。素顔を見せた方がいいね」


 第一印象がお面で不気味というのも不本意だ、と言いながら、彼女はその黒い仮面を剥いで暗視モードの私に素顔を晒した。


「私は自衛陸軍兵器開発局機動部隊長の穗村ほむらだ。それでどうする? そのまま貴い犠牲として神社にでも祀られたいなら、話はここで終わりだが」


 あまり仮面の模様と変わらないような、穗村と名乗る細いつり目の彼女は、背嚢からメンテナンス用工具を取り出しながら、何が楽しいのかにやけた顔で私に訊く。


「なぜ――」

「うん?」

「なぜ私の存在を明らかにしなかったのでありますか。自分には理由が皆目見当がつかないのであります」

「まず疑問に答えたまえよ。泥を啜ってでも生きたいのか、誉れを抱いて死にたいのか」


 やや面倒くさそうな調子で眉間にしわを寄せた穗村は、答えるまでは何も答えない、とでも言いたげに私を無言で見つめる。


「上官の命は、情報を収集して帰投することであります。この場合、該当する答えは前者であります。しかし、敵に捕らえられた場合は死を選べという命もあり、現在の――」

「ラチがあかない。入り用という事にする。君はどうもパターンでしか動けないタチらしい」


 どうするべきかの判断を仰ごうとしての話だったが、耐えかねたのか遮られてしまい、私はひっくり返されてユニットを交換された。

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