三節
「……は?」
施設の崩壊から数時間後、三人はビルの残骸を背にして、火を起こしていた。
そして、持ち帰った人類救済の鍵(?)を翻訳して読んでいた。今ちょうど、『はじめに』を読み終わった辺りか。
「日本語の資料は多いから、おそらく誤訳はなかったはずよ」
「いや、そうじゃなくて――」
「この気色悪い男の文章のどこが、命を張ってまで守るものなんだよ……」
こういう時、素直に気持ちを言える人間は貴重だ。命を賭けて手に入れたモノが紙くずだと、現実を直視できる人間は多くない。最も、ヨドもこの現実を受け入れることまでは到底できなかったが。
「まあまだ本文ではないのだろう?翻訳を続けてくれ、エラ」
レイダは相変わらず冷静だったが、落胆しているのは明らかだった。先程レイダが使った通信機は、緊急のために強力なフラッシュライトを内蔵しているが、使用後はバッテリーが焼き切れる。
咄嗟にヨドが拾ってきたが、最早唯の黒い塊。そして、各隊に支給されるのは一つだけ。通信が出来なければ、常に移動している本隊との合流は不可能に近い。
現在生存が確認できている約十五万の人類のうち、戦闘員は三万人。だがそのほとんどは、本隊の周辺に崩虫の接近がないか確認する哨戒兵である。
遠征して旧文明の物資を調達する調査隊は、選ばれた三〜五名で構成された分隊が百に満たない程度である。
戦闘員といっても、人類が崩虫に勝てる術などない。銃弾さえも、当たる側から喰われていく。文明を喰らうというのは、人類が行う全てが無意味になるということだ。
それは精鋭である調査隊も同じ。調査隊に選ばれる基準は、「生き残る能力に長けている」か。情報収集、体力、がめつさ、あらゆる分野でケモノよりもしぶとく生き残る強さをもった者たち。
そんな彼らでさえ匙を投げるほど、状況は絶望的だった。
それでも彼ら調査隊の最大の目的は人類に希望を持ち帰ることであり、半ばやけになっていてもそれは変わらない。傍目には口減らしに見える行為にも強い目的意識はある。
そんな調査隊の第十四隊である三人の、捨て身の結果がこれでなければ。
「翻訳もいいがこれからどうする。実際何日保つ?」
調査隊に支給される食料は最大で三日分。行き帰りでニ日、調査で一日分だ。そして今は三日目。道具や電子機器が残っていることは、外の世界では珍しくないが、食料に関しては一度の調査で見つかることは奇跡に等しい。
「聞くまでもねぇか……。せめてプラントがありゃあなぁ……」
『プラント』。全自動で食料を生産する施設。原理は未だ不明だが、少量の電力で稼働し、旧時代によく見られた食べ物を再現できる。そのほとんどは失われ、調査隊が結成されてから二十年、一度も発見されていない。
「おい、こっちに来てくれ!」
ビルの残骸を調べていたレイダの声が聞こえる。ヨドが駆け寄ると、そこには人一人が通れるくらいの穴があり、横には金属の蓋のようなものがあった。覗き込むが、底は見えない。側面には取っ手がついており、降りることはできそうだ。
「昔は地下に生活排水を流していたらしい。その通り道を整備するための地上入口だろうな」
「それは分かるが……まさか――」
調査隊のデータベースには、三千二百年頃には地上の戦争に巻き込まれ、ほとんどのプラントが機能を停止したとある。
だが、本の冒頭では、「電気から食料が創れる地下施設」とあった。もっとも、五百年以上前の、おそらく筆者がニュースで見聞きしたような情報だが。
「入る他ないだろう。プラントを見つければ英雄で、見つからなければ飢え死ぬだけだ」
「地上で探す手だってあるだろ!わざわざ危険な方を選ばなくても……!」
「周辺三十キロ圏内に建造物はないわ。奴らの残した灰だけよ」
先述通り、崩虫が通った跡には白い灰のようなものが残る。彼らの食後の排泄行動と推測されるが、捕食したモノと灰の質量が大きく違うため、実際のところは分からない。とにかくここで重要なのは、崩虫の灰があるところに命の痕跡はないということだ。
選択の余地はない。滅世ではよくあること。灯りを持たない彼らは、どこまで続くかわからない梯子を頼りに、暗闇へ潜る。
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