第6話 神童の帰還/リール視点

この女の子は何を言っているのか。


 世界を流星メテオから救って欲しい?世界が滅ぶ?


 新しい宗教の勧誘か何かだろうか。


 長年喫茶店をやっていると様々情報が入ってくる。有益な情報から裏の情報、有名人のゴシップ、そしてこの手のとんでも滅亡論だ。

アクトスという悪の親玉が治めている国の宿命なのかもしれない。人々は希望を求めている。


 ただ―――。


 この妙な胸騒ぎはなんだろうか。いつもなら、お互いアクトスの悪口を言い合っておしまいのはずだ。魔王が死に、良くも悪くも安定している世界が20年以上続いている。

いつのまにか世界が滅ぶという話は、現実味がない話となっていた。


 なのに頭がモヤモヤする。プレミアの話が嘘には思えなかった。セリンの娘という言葉が影響しているのかもしれない。


 本当に、世界が滅びるのではないか。


「あの―――。いきなりこんな話をされてもビックリしますよね」


 プレミアは困った表情で問いかけてきた。


「まあな。なかなか信じきれないが。もう少し詳しく教えてくれないか?」


 情報が欲しかった。もしかしたら、何かを思い出せるかもしれない。このモヤモヤの正体が分かるかもしれない。


「分かりました。コホン」


 軽く咳払いをした後、プレミアはゆっくりと話し始めた。


「季節が変わるころ、あと一、二か月くらいだと思います。プレーン平原に、夜空から世界を覆いつくほど巨大な岩が降ってきます。その衝撃は、一瞬で地方一帯に広がり、そして世界中に広がります。もちろん、この街も跡形もなく消えてなくなります」


 俺はゾッとした。その規模のメテオなんて聞いたことがない。魔術師ランク4Sクラス(魔術ランクの最上位)でも、人の頭くらいの大きさが限界だ。それでも十分な破壊力を持ち、街を簡単に破壊できることから禁呪の一つになっている。


 とてつもない大きさを持つメテオ。それ程の魔力を持つ者は、死んだ魔王くらいしか思いつかなかった。


 そうなると考えらることはただ一つ。

 

「……魔王が生きているのか?」


「いいえ―――」


 プレミアが言いかけた時、激しい物音と共に入り口の扉が吹き飛んだ。


 俺とプレミアは驚きそちらを確認し、すぐに身構えた。


 魔法による攻撃で間違いない。


 煙と埃で周辺の視界が失われている状態であったが、魔力の欠片が漂っているのはハッキリと分かった。何者かがそこにいる。


 少しずつ視界が明けると、仮面を被った黒ずくめの、人間と思われる奴らが立っていた。


「おい。開店にはまだ早いぞ。何の用事だ」


「バルドル様からの直々の命令である。後ろの女を引き渡せ」


 声で魔法で変えているのか、男か女の区別がつかない。しかし、明らかな脅しだ。反抗すれば、躊躇なく攻撃をしてくるだろう。


「バルドル様ね。あの戦闘狂が偉くなったもんだ」


 バルドルは勇者パーティの戦士であり、現在はアクトス国王軍の将軍となっている。口が悪く、俺が追い出された時も酷い罵声を浴びせてきた。頭を使うのはあまり得意ではない、絵にかいたような戦士の男だった。


「今の言葉は侮辱か?」


「昔を知っているだけだ。独り言だよ」


「無駄口は慎め。お前の相手をしている暇はない。後ろの女に用事がある」


 そう言うと、黒ずくめの人間はこちらへ近づいてきた。悪かった視界は戻り始め、歩き方と体格的に男なのが分かった。他の三人は微動だりしない。

 

 プレミアの様子を見ると、とても怯えているようだ。ただ、全く心当たりがないという訳ではなさそうだった。


「俺の大事なお客様だ。理由もなく引き渡せないな。それに、お前らがバルドル様の部下という証拠がない」


 俺はプレミアを前に立ち、守るように手を広げた。


「もし引き渡したらどうなる? 優しく家族の元へ帰すのか?」


「殺す」


「正直でよろしい。それなら尚更無理なお願いだ」


「なるほど。流石噂に聞くCランクの無能な魔術師。取引も出来ないと見える。バルドル様に逆らうということだな」


「だったらどうする?」


「バルドル様からもう一つ命令を受けている」


「なんだ?」


「もしゲロのようなコーヒーを出す無能な魔術師が反抗するようであれば、店を焼き払い、拷問して殺せと」


「流石バルドル。クソみたいな性格も変わらずか」


「やれ」


 黒ずくめの男の合図で、後ろで待機していた他の三人が魔法で火を放った。火はあっという間に燃え広がり、俺たちの周りを取り囲んだ。


『12年』


 苦楽を共にした思い出のある建物が炎によって消えようとしている。


「なあ、プレミア。巨大メテオの原因はアクトス達か」


 プレミアは大きく頷いた。やはりそうだったか。


 俺は炎に包まれた店内を見回した。何やら攻撃魔法を仕掛けてきたようだが、リフレクトを使えばそんな攻撃はないのと同じだ。


 22年前、俺は『神童』と呼ばれる程の魔術師だった。


 10歳にして魔術ランクの最上位である4Sになり、将来を期待される魔術師だった。

 その噂を聞きつけた、勇者パーティであるアクトス達が声をかけてきたのは当然のことだったのかもしれない。


 そして最初の戦闘後事件が起きた。突然の罵声と怒号。そして攻撃。10歳の俺は意味も分からず、その変貌ぶりに、ただただ恐怖を感じた。今考えれば、能力的には負けていなかった。戦えば勝てた可能性も高い。


 しかし幼かった俺にそんな精神的余裕なんてなかった。彼らに頭を下げ、許しを請うことしか出来なかった。


 帰ってきてからも地獄だった。全てを失い、なんとか生活できるようになったのは、この店を始めてからだった。


 その店が今消える。それはまた新しい始まりなのかもしれない。


「なぜだ! なぜ攻撃魔法が届かない!」


 いつの間にか黒づくめの集団4人で攻撃していた。薄いリフレクト一つ破れないとは、なんて弱い奴らだ。


「ウインド、剣」


 肌を切り刻むほどの風。軽く刻むだけだ。殺しはしない。風の力でどうやら火も消えたようだった。

 

 黒づくめの集団は、小さな悲鳴と共にうずくまった。


「お前ら、Cランク相手に恥ずかしくないのか?」


「うう……」


 集団は苦痛に顔を歪めるだけで何も言い返さない。


「ウインド、治癒」


 全体治癒魔法。俺には痛めつける趣味はない。


 当時は使えなかった治癒魔法。これこそが勇者パーティを追放の原因となった理由だった。当時の俺は回復魔法が使えなかった。


 黒づくめの集団は回復されたことに一瞬驚いたようだが、急いで逃げる準備を始めた。


「バルドル様に伝える。貴様ら覚えてろよ」


「どうぞどうぞ。バルドルに伝えろ。天才魔術師が帰ってきたぞってな」


「ちっ」


 何も言い返せないのか。俺たちを睨みつけると、彼らは一目散に逃げていった。

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