第6話 玄武と海
「徐幸首相にお招きいただいて光栄です」
徐幸官邸。義康、父の義光、妹の駒、義光の側近は華花語で挨拶すると、眼の前の知的で威厳のある男に深く頭を下げた。しかし徐幸は軽く首をかしげ、もう一度、と言った。先程より大きな声で挨拶しなおした四人に満足すると、除幸はにこやかに笑った。
「この間はどうも。今日はたくさん召し上がれ」
「有難き幸せにございます」
「ん、……ああ」
あれ…?義康は緊張していたが、時間が経つにつれ、以前と除幸の振る舞いが違う事に気付いてきた。耳は悪くない筈なのに時々聞き返すし、以前はなかった貧乏揺すりも微かにある。何となくだが匂いも違う気がする。それも【体調が悪そうな匂い】ではなく【他人の匂い】のような気がした。義康はチラッと義光を見た。
「どうしたんだい?」
「いえ、えっと美味しいなって」
「子供の頃から食いしん坊だったからねぇお前は」
苦笑いする義光。ぎこちなく笑う義康。その後、義光達がトイレに行き、義康と側近が二人きりになった時であった。側近が突然立ち上がり、部屋にあった繊細なガラスのオブジェを乱暴に持ち上げた。
「なんと美しいオブジェでしょうか。義康様も持ってみますか?」
「か、勝手に触ってはいけません! あ!」
取っ手が取れて、ツルッと側近の手から落ちたオブジェはクラッシュアイスのように粉々に砕けた。
「も、申し訳ありません。もう切腹するしか……」
半狂乱になって土下座する側近を見た義康は、それを慰めながら言った。
「止められなかった私も同罪です。私が割った事にしましょう」
「よ、よいのですか?」
「私なら弁償で済むでしょうが、あなたが割ったという事なら解雇もありえます。父は除幸首相とのパイプ作りを考えていますから」
「あ、ありがとうございます」
こうして義康は側近の罪を被ったのであった。
ーーー話を聞いた弘は思わず叫んだ。
「えー!ありえないでござるよ!その側近も首相も、めちゃくちゃ怪しいでござる!それになんで外国人が首相でござるか?失礼、それは宇宙船の中で以前聞いたか。災害とパンダミックの混合で国が混乱して外国に介入されたでござるな」
「あっパンデミックです。でも、不思議な力で大災害にはならなかったんです。それでも哀しい事に犠牲者の方はおられましたが…」
義康と弘は黙祷をしてから、海を見た。その時。ちらっと黒い物が彼らの視界に入った。
「あれはなんでしょうか?」
「行ってみるでござる!」
二人が走って行くとそこには、蛇の様な尻尾を入れるとシングルベッドくらいのサイズはある巨大な亀がひっくり返っていた。そしてそれは「起きれないよー!怖いよー!」と悲痛な声を上げていた。
「大変でござる!」
「助けないと!」
二人は慌てて亀を大玉転がしのようにひっくり返してもとに戻した。亀はふうっと長い息を吐くと、二人に礼を言った。
「ありがとう。何と親切な若者達じゃ」
「あああーッ亀さんがしゃべっています!」
「しかも日の国語で!ど、どこで習ったでござるか!」
慌てて距離を取った2人に亀は呆れたように指摘した
「遅い。巨大な時点で可怪しいと気が付かないとだめじゃろ。もしワシが危害を加える化け物だったらどうするんじゃ。近頃の若者は浅はかじゃな!だいたい」
「さっきまで怖いよ助けてーと言ってたでごさるのに……」
助けたのに何故か説教され、腑に落ちないと思いつつも正座して聞く二人。それだけ黒い亀は神秘的であった。背中は花を描いた様な黒い輪郭線に青い宝石が嵌め込まれ、目はカボションカットのように丸く輝くサファイアであった。胴体にはぐるぐると蛇が巻き付いている。
「蛇は取った方がよいでござるか?」
「噛まれたら痛いですよね」
思わず手を伸ばそうとする二人を、亀は叱責した。
「バカモノ!これは身体の一部じゃ!玄武を知らんのか!」
二人は目を合わせて驚き、玄武は一方的に語り始めた。
「この国、いやこの惑星に危機が迫っているんじゃ。薩摩省の火山の爆発から大変な事になる。解決方法は墓庫を開いてあの宝物を取り出すしかない」
「それはどこにあって、なんの宝物ですか?」
それはお前達が何とかしろと突っぱねる玄武。ヒントをくれと粘る弘。そんな中義康はちいさく唸った。
「ヒントありがとうございます。あのシグマ兄弟の直轄の所からですか」
「そうじゃ。貴様らの言う所の人外ブラザースじゃ。全く酷いあだ名を付けるな人間は」
玄武はハァとため息を吐き、弘はハーイと手を上げた。
「人外ブラザーズとは何者でござるか?」
「薩摩省に住む、少し灰色がかった体で武勇に優れた恐ろしい兄弟です!オヤツは鉄釘らしいです」
「ヒイッ!人間でごさるか?」
「一応そうです。でもちょっと島津家の皆さんに顔が似てるような…」
じいっと弘を見つめる義康に弘は手と頭を思いっきり振った。
「一緒にしないで欲しいでござるよ!」
「確かにシグマ家の方が男前かもしれません」
「さり気なく失礼でござる!」
「す、すみません」
プイっとむくれた弘にペコペコする義康。玄武はやれやれと呟くと、ペリッと自分の甲羅の一部を剥がした。
「まぁ助けてくれたのは感謝する。これは健康のお守りじゃ」
「ありがとうでござる!」
黒い縁取りに青い宝石が嵌まったようなそれを太陽にかざしてはしゃぐ弘。義康も笑顔で礼を言った。
「弟と妹にあげたいと思います。ありがとうございます」
玄武はじゃあな、と背を向けようとすると低く呟いた。
「家族に甘えすぎるな。海を背にして西には行くなよ」
素直に頷き、歩き出した二人だったが。玄武の姿が見えなくなってしばらくして。
「あっちからいい匂いがするでござる!」
「確かここらへんには漁村があります!」
お腹が鳴った二人は玄武の忠告を忘れ、西へ走ってしまった。
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