第5話 焼きそばの思い出

『いいにおい!』

長袖Tシャツにウエストゴムのジャージーパンツを履いた体が細い少年は、目をキラキラさせながら鉄板を覗き込もうとした。

『あっ瑠音くん、危ないからあんまり近付かないでね!』

『はい!』

 白いシェフ帽子とマスクの色白で背が高い青年にやんわりと注意された瑠音は素直に一歩下がった。そして野菜や肉などが焼ける香ばしい匂いを吸い込み。青年が焼きゴテで奏でるジュージューと具材が弾けるよう音とたまに混ざる金属の高くて小さな音を聞いた。お祭りの音だ。と目を閉じた瑠音に、青年はコテを置いて小走りに近付いた。

『瑠音くん大丈夫?席に持って行くから座ってた方がいいよ』

青年は心配そうに瑠音を見る。一方、瑠音より背が高い少年は、タッパーから鉄板にもやしをドカッと撒きながら口を出した。

『作る所を見たいんだよね?』

『うん!発作も最近はないから大丈夫!』

青年は承知した、と優しく頷くと、元々テキパキしていた動きをさらに速送りにした。

『早く作るね!』

青年はその言葉通り素早く焼きそばを作ると、粗熱を冷ますパットにうつした。

『家久紗くん、氷箱から飲み物出して瑠音くんに渡してくれる?』

『はーい!』

家久紗は、氷と保冷効果がある冷たい微生物の袋の入った箱から飲み物が入ったボトルを出して、お祭りのドリンク券と交換して瑠音に渡した。その間に青年は手を消毒してから丁寧に焼きそばを再生可能の素材で出来たパックに詰めて蓋を閉じ、箸をセットした。しかし、彼は焼きそばを瑠音に渡さず、一旦受け渡しの台の上に置いた。

『ちょっとパットの中の焼きそばを味見するから、待ってくれるかな』

『さっきしたけど…』

あっ、と気が付いた家久紗は当たりを見回した。家久紗の父の部下…監視がいる。家久紗も小さい頃良く世話になった顔見知りであった。

『父上のうつけ!』

困り眉で遠慮がちでキョロキョロしたり溜息を吐くしんどそうな彼らを見て、家久紗は頬をぷくっと膨らませた。彼は義康が持っていた箸と焼きそばがちょっとだけ入ったパックを奪った。

『まだ熱いよ。家久紗くん猫舌だけど平気?』

『だいじょぶ!』

家久紗は焼きそばに思いっきり息を吹きかけて冷ましながら食べた。監視の者に見せつけるように。

『焼きそばうめー!』

そう本心から叫んだ彼は準備中の札を営業中に変更。監視の二人を手招きし、焼きそばの屋台を二人に任せた。さらに義康と二人でさっき作った焼きそばを何個かパックに詰めた。

『お二人はお仕事があるのに……』

『義康殿の監視が仕事だから俺達が会場内に入ればいいよ。子供病棟の祭りだから範囲も狭いし』

義康は監視の二人をチラチラ見た。エプロン姿の二人は手際が良く、どことなく楽しげに見えた。

『料理の心得がおありに見える』

『でしょ!最近健康診断受けてるからへーき。瑠音も行こ!』

頷く瑠音に対し、義康は首を振った。

『私は残るよ。もう列が出来てきたから手伝わないと』

『鈍いなあ。義康殿が近くにいるとあの二人は疲れちゃうよ。本当は監視なんかしたくないんだよ。小さい頃から知ってるけど、ゴツい割には優しいから』

ハッとした義康と、監視に義康の弁明の手紙を置いて行った瑠音を引き連れ、三人はテーブルを囲んで焼きそばを食べた。

『うめー!義康さん世間知らずの貴族感があったけど上手なんだね!』

『家久紗さん』

瑠音に小突かれた家久紗はぴくんと跳ねると箸を止めて俯いた義康を見た。

『ごめんなさい。俺、無神経ってよく言われるんだ』

『そんなことないよ。ちょっと昔を思い出してしまったんだ』

『あー鮭と林檎が大好きなお父さんに教わったんだっけ。毎回思い出すよね』

また家久紗を小突こうとする瑠音を義康はそっと止めた。

『家久紗殿のおかげで家族の自慢話を止められたから感謝してるんだ。私は瑠音くんを傷付けてしまったのに、気遣ってくれてありがとう』

瑠音はブンブンと首をふった

『義康さんは絶対お父さんに会えるよ!』


————家久紗は小さなテーブルの上で三角形のお菓子を食べながら、回想していたが現実から帰って来た。

「祭りの後片付けを義康さんに押し付けて帰っちゃったのは悪かったなぁ。お父さんに会えてるといいな」

「それ以上お菓子を食べたらだめでおじゃるよ!夕飯が食べれなくなるでおじゃる!」

「川田先生も食べる?」

川田、と呼ばれた色白の30代半ば程の壮年男性は、笑顔でお菓子を受け取ろうとした手を引っ込めた。

「……危ない危ない懐柔されるところでおじゃった!私はこれを気にダイエットするでおじゃるよ!」

「そう言えば先生痩せたね。俺に食べ物譲ってくれたから……みんなも」

宇宙船で食料が減った時。皆は子供である家久紗に優先的に食べさせたのだが。一番少食だったのは川田であった。

「私はダイエット出来てちょうど良かったでおじゃるよ!それより、決して太ってない兄君達や義康殿に感謝しなさい。ご飯の事だけじゃないでおじゃるよ。もう色々わかってるとは思うけどね」

家久紗は強く頷くと、お菓子の箱を閉じた。そして、義康が脱出直前に持たせてくれた刀を見た。その刀の鞘は虎や宝石などの彫刻があり、白く半透明な中に虹色がちらちらと見えて淡く輝き、まるで白い宝石のようであった。母上が実家から持ってきたムーンストーンやホワイトダイヤモンドに似てる、と家久紗は思った。

「明日は細河なんとか展に行くんだっけ。そんな遊んでていいのかな。兄上は教養を深めろと言うけど」

「……私は少し嫌な予感はするでおじゃるし、特に歳久古殿が心配でおじゃるが…見識を広めるのはとても大切でおじゃるよ」

「まあ義康殿の従兄弟さんみたいに大学受験で浪人したくないから少しはしようかな」

宇宙船にあった参考書や絵馬を思い出し、家久は川田が買ってきた参考書を読み始めた。


——————————————————

それより前の時間。20代の青年二人は海岸を歩いていた。

「くしゅん!」

「弘殿大丈夫ですか?」

「大丈夫!バリバリ元気でござるよ!ただにゃん太郎が見つからないでござる……」

にゃん太郎とは。弘が大切に持っている小さな猫のぬいぐるみである。宇宙船から緊急避難する時、弘もまた家久紗を守る事で精一杯で、家久に非常食を持たせたりするうちに脱出時間ギリギリになってしまったのだった。

「みんなも心配でござる。鍵と刀を途中で落として連絡が取れないのは困った。何となく大丈夫な気はするでござるが」

「私の事情に巻き込んで申し訳ないです……」

うなだれる義康に弘はすごい勢いで首を振った。

「自分を責めてはいけないでござる!元はといえば義康殿を監禁していたのがいけなかったし、発射ボタンを押したのも家久紗でござる!」

当時、押したのは自分だったと言い張った義康だったが。義久古と歳久古は家久紗がボタンを押すのを目撃していたし、家久紗本人の自供があったので庇いきれなくなったのである。

「ですが、脱出は私が頼み込んで……」

「もうやめるでござる」

弘は真っ直ぐに義康を見つめて、静かに言った。

「義康殿。例え子供でもした事は責任を取らねばならないでござる。庇う事は本人の為にならない。責任を擦り付けた事を後悔して苦しむか、他人に擦り付けて平気な人間になってしまう」

義康はあっ、と声をあげ、納得したように頷いた。弘はそれを見て続けた。

「まあ家久紗は大丈夫でござるよ!だからもう自分を責めるのは…」

「でも家久紗殿の好意に甘えてしまったのは確かです」

弘はうーんと唸って眉をハの字にして頭を掻いた。

「まあ、それは反省して欲しいでござるな。でも拙者が一番反省して欲しいのは他人の罪を背負う癖でござるよ。今回が初めてではないはず」

義康は目を見開いて、少しビクッと反応した。やっぱりか、と弘は続けた。

「父上と拗れてしまった原因の一つが、会食で要人の文化財レベルの花瓶を割ってしまった事と聞いたが、本当に義康殿が割ったでござるか?」

目が泳ぐ義康に弘はたたみかけるように言った。

「義康殿は一つ一つの所作や行動が丁寧だと、宇宙船で過ごしていた時にわかったでござるよ。誰を庇っている?」

「それは……」

義康はその日あった事、そして父が重用していた部下、弟妹の話を始めた。

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