第2話 謎の黄色い羊後編
泣き虫で寂しがり屋で猫のぬいぐるみが無いと眠れない、義久古の弟の弘。子供が行方不明とは大変だ!と思った巡査と麦わら帽子の男は、警察や省知事に協力を依頼してくれるという。麦わら帽子の男が埼玉省の知事・北条に連絡している間、巡査は義久古に弘の情報について聞き取りを始めた。
「弘くんの情報を警察の全国ネットに流します。まず年齢をお願いします」
「ご協力痛み入る。25才だ」
「島津さんのご年齢ではなく、弘くんの……」
「25才だ」
「…………」
数秒の沈黙の後に巡査は聞き取りを続けた
「次に服装をお願いします」
「黒い地に青い波が描かれた前合わせの服……着物に、青い袴だ。」
「黒い着物と青い袴……体格は」
「私より一回り大きい。194cm程はある。筋骨隆々とした体格だ」
「顔立ちは」
「彫りが深くかつ雄々しくて男前だ。眉も声も野太い。何か書くものを所望したい。似顔絵を書きたい」
人の顔くらいのサイズの光る板と耳かきのように細長い棒を渡された義久古は、さらさらと絵を書いた。手前味噌だが良くできた、と頷いて満足げな義久古であったが。それは人の体をなしていない謎の塊であった。
「我ながら弘の明朗快活な性格が表現出来たと思う」
「……はい。ありがとうございました。まずは目の特徴をお願いします」
巡査は見なかった事にするとモンタージュを作成することにした。一方。
「北条さんと連絡ついたべ!旅行者さんのまだ幼い弟さんが行方不明って言ったらよ、全国省知事ネットで情報交換して、テレビでもちょっとやってくれるらしいべ!」
義久古はちょっと決まり悪そうに目をそらして、消えいりそうな声で麦わら帽子の男に言った。
「私の説明が不足しておりました。幼子では無く成人男性です……申し訳ありませぬ」
「ええ……さっき泣き虫で猫のぬいぐるみが無いと眠れない寂しがり屋だって言ったでねぇが!」
「それは本当です」
麦わら帽子の男はまだ怒りが冷めない様子であったが、少し前の出来事を思い出して、頷いた。
「……そうか、このご時世色々あるべな……災害や怪奇現象、へんな動物も湧いてきたりな……」
麦わら帽子の男は義久古の肩をぽん、と叩くと弘の事を【心を病んだ、放っておくと危ない男性】として情報を訂正する電話をし、改めて探索を依頼する事にした。
「でさ、島津さんの事を話したらよ、ぜひ会いたいらしいべ。謎の羊も見たいんだと」
「だが……羊の捜索は高橋殿の畑に入らねばならぬのですが」
「なんでわしの名を知ってるんだべ」
「表札です。不在でおられたので、張り紙をする際に拝見しました」
「えっ張り紙してたなら早く言うんだべ!心象が多少はマシになったじゃろ!島津さんは言葉が足りねえべ!」
呆れたように言う麦わら帽子の高橋。義久古はちょっと恥ずかしそうに小さく言った。
「面目ありませぬ。家族も良く申しておりました」
さらにお腹まで鳴って島津は思わず顔を覆って巡査に尋ねた。
「し、失礼した。近所に食べ物を買う場所はあるか?」
「ありますよ。でも島津さんお金持ってるんですか?さっき身体検査しましたが何も無かったですよ?お菓子くらいならありますけど食べますか?」
「いやそなたは体が資本だ。食料を奪う事は出来ぬ。お気持ちだけありがたく受け取らせていただく」
島津は一応自分の懐、袴のポケット、さらに服の袖も探したが、確かにない。不時着する前の日に、宇宙船の持ち主でここの星出身の義康という青年が義久古達に通貨を分けてくれていたのだが。それが入った財布が見つからないのだ。異星の地で一文無し。これは名家で何不自由なく育った彼にとって初めての経験であった。思わず彼は巡査に尋ねた。
「すまぬ、近所に野原や公園は無いか?」
「公園ならありますけどどうしたんですか?」
「食べていい草を教えて欲しい。天然記念物は食すわけには……」
「牛じゃあるまいし!もう家でパンかおにぎりくらいなら奢るべよ!」
「迷惑を掛けた上に施しをいただくわけには行かぬ!金を分けてくださった義康殿にも弟達にも合わす顔が……」
「面倒くさい人じゃね!もう行くでよ!」
北条との約束の時間までまだ余裕があったので、義久古は今度は高橋に案内されて家で軽食をご馳走になった上に、畑に入れる事になった。一礼した義久古は、黄色く光るペンダントをダウジングのように左右に揺らしながら歩き続けた。
「さっきより光り方が強くなったべな!」
「ここのようです」
手で丁寧に土を掘る義久古に高橋は疑問を投げかけた。
「本当にスコップは使わないべか?」
「当たったら羊を傷付けてしまうのです」
「あー確かにそうだべな。わしも手伝うべ」
そこまでしてもらうのは申し訳ないと固辞した義久古だったが、羊を見つけるのが遅れたら北条との待ち合わせに遅刻する、と言われて、二人で掘ることにした。
「島津さん、破傷風の予防接種してないじゃろうから手袋を使いなさい」
「して参りました」
「ほぇー宇宙人も予防接種あるべか」
しばらく掘り進めると、土の中からたんぽぽのように黄色い光が溢れ出た。
「やっと会えましたね!」
不意に耳にした可愛らしい声に義久古が目をパチパチしていると、光の塊はぴょこんと土のくぼみから飛び出してきた。
「こんにちわ!ぼく己未(つちのとひつじ)です!よろしくお願いします!ツッチーと呼んでください!」
「ギャー!都市伝説じゃなかったんべか!」
淡い黄色に光る片手に乗るくらいのサイズの、ぬいぐるみのように愛らしく小さな羊は義久古と高橋を見上げて、それぞれにぴょこんと頭を下げた。びっくりして尻もちを付いた高橋の無事を確認すると、義久古は着物をピシッと整えてしゃがみこみ、頭を下げた。
「お初にお目にかかる。ツッチー殿。私の名前は島津義久古。以後宜しくお願い致す。故あってこの星に不時着し、帰る手段を探しているのだ。貴殿のお力を……」
「ちょっとぼくがいいと言うまで走り回ってください、義久古さん」
「わしは?」
「結構です。貴方のお父様は……いえ、何でも。とにかく義久古さんどうぞ」
「この声何処かで聞いたようなするんじゃが……」
唸っている高橋に許可を貰った義久古は、ツッチーの言う通り、素直にぐるぐる畑の中を走り始めた。
「島津さんいいフォームじゃなぁ」
「なるほど……流石」
意外と速いし息も上がらない…体格も丈夫そうだ、とブツブツ呟いたツッチーは笑顔を見せた。
「強い義久古さん達がこの星を救ってくれるなら考えますよ!」
高橋殿は恐らく数に入れていないし、弟達の話はしていないのにどういう事だ?と怪訝な顔をした義久古に、ツッチーはつぶらな瞳で可愛らしく答えた。
「ぼくの他にも聖獣がいますから、彼らの相棒もカウントしてるんです」
その後、義久古は高橋の好意で車に乗せてもらうと、埼玉省庁に向かった。
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