82. 優秀さの限界

 そんな男の前に碧い目の女の子がいきなり現れ、金髪をかき上げる――――。


「ふふーん、やってみたら?」


 それはオディールだった。彼女はコンピューター内そのままの姿で現れて、ニヤリと笑う。


「ゆ、結城! お前、なんでそのまま出てきてるんだ!?」


 男は驚愕する。金髪のアンドロイドなどコンピューターの外側には用意されていないのだ。


「君は高校で物理や化学を習っただろう? 僕のこの身体を科学で説明してみたまえ。ん?」


 オディールは昔言われたままに返すと、モデルのように優雅にくるりと回ってポーズを取る。


「こ、この野郎……。前々からアンドロイドの身体を用意していた……、いや、その皮膚はどう見ても生身の身体じゃないか……」


 しなやかに動く肌に筋肉、それはとても人工のものとは思えず、男の額に冷汗が浮かぶ。コンピューターの外部で生身の身体などということはもはや女神と同等という意味になってしまう。東京生まれの転生者がなぜ神になっているのか?


 混乱する男を満足げに眺め、うなずくオディール。


「君にいい事を教えてあげよう! 『この世界は情報でできている』んだよ」


 オディールは鋭く目を光らせると指をパチンと鳴らし、ブリザードを呼び出して男を吹雪に包んだ。


 ぐはぁぁ!


 猛烈な吹雪に吹き飛ばされ、男はゴロゴロと金網でできた床に転がる。金属の身体がカカカカン! と派手に金網を鳴らした。


 くぅぅぅ……。


 男はオディールをにらむと、キュイーンというアクチュエイターのかすかな音を立てながら、ゆっくりと身体を起こす。


「な、なぜコンピューターの外で魔法が使えるんだ!?」


「だから科学だよ。『科学で説明できないことなどない。魔法なんてものは本来ある訳ないのだ』って自分で言ってたじゃん?」


 オディールはニヤニヤしながら男を見下ろした。


「くぅ……。覚えてろ!」


 男はカシャッと目をつぶると、アンドロイドの身体を捨ててコンピューターの内部へと逃げようとした――――。


 しかし、何も起こらない。


 あ、あれ……?


 いつまで経っても男は逃げられず、まぶたをカシャカシャと鳴らすばかりだった。


 あたふたとして焦る男。アンドロイドとの接続を切るだけなのになぜかそれができないのだ。


「ぷくくく……。残念でしたー! 君を拘束するよ!」


 オディールは手を口に当てながら笑いをこらえ、男を指さした。


「くっ! 捕まるくらいならこうだ!」


 男は爆発物の起動スイッチをオディールに見せつけると、薄笑いを浮かべながらガチリと押し込む。


「もろとも死ねぇ!!」


 男の勝ち誇った叫びがジグラート内にこだまする。


 しかし……、何も起こらない。


「あ、あれ……、おい、どうしたんだ……?」


 男は焦って何度もガチガチとスイッチを連打したが何の反応もない。


 ブリザードの極低温でスイッチは壊れてしまっていたのだ。


「ふふーん、残念!」


 ニヤッと笑ったオディールは、拘束魔法を使うと蜘蛛男を光の鎖でぐるぐる巻きに縛り上げる。


「くっ! なんなんだ貴様は!」


 全てが上手くいかない男は喚き散らす。


 オディールは腕を組み、無表情で男を見下ろした。


木宮啓介きみやけいすけ、調べさせてもらったよ。君も僕と同じ東京出身の転生者だったんだね」


 男はハッとして、忌々しそうにオディールをにらむ。


「ふん! だから何だって言うんだ! 俺はお前と違ってITエンジニアだからな。いち早くこの世界のからくりを看破して女神に正当な権利を要求してやったんだ。そしたらあいつは俺を拒否しやがった。優秀な人間を正当に評価できないような組織は破壊するしかねーだろ!」


「木宮くん、君は僕よりはるかに優秀だよ。でも、優秀なだけだ。君は今、縛られて転がっている。優秀さってその程度のことなんだよ」


 オディールは肩をすくめ、首を振る。


「ふん! 偉そうに! 女神に気に入られただけのくせに!」


「そうかもしれない。でも、君はなぜ気に入られなかったのかな?」


 オディールは木宮の目をじっと見つめた。


「な、なぜ……? 知らねーよ!」


 オディールはふぅと息をつくと、諭すように声をかける。


「人間って一人じゃ何もできないんだよ」


 木宮は頬をピクッと動かすと目をそらした。


「他の人と楽しくつながること、そうすると無限にいろんなことができるようになる。人は社会の生き物だったんだ」


「はっ! この俺様に馬鹿どもとつるめって言うのか?」


 木宮は吠えた。


「優秀さで線を引く、その結果、君は縛られて転がってる。自業自得だよ」


 オディールは目をつぶり、大きくため息をつく。


 木宮はギリッと奥歯を鳴らす。


「はっ! お説教か、偉くなったもんだな。あの時とっとと殺しておけばよかった」


「改善の見込みナシ……。お別れだな……」


 オディールは指で銃の形をつくり、つまらなそうな顔で木宮の額を指さした。


 にらみ合う二人――――。


 ブーンと鳴り渡る排気ファンの音の向こうでピン、ポポン、ピンと、微かに電子音が響く。


 鬼のような形相でオディールをにらんでいた木宮だったが、荒い息を何度か漏らすと意を決し、叫んだ。


「俺はお前らを全力で否定する! ただでは死なん、全人類道連れだ! 死ねぇ!」


 刹那、ジグラート内に強烈な閃光が走り、木宮の身体が大爆発を起こす。体内のエネルギーパックを暴走させ、爆弾に変えたのだ。


 激しい衝撃波は立ち並ぶ円筒形のサーバー群を粉砕し、それと同時にジグラートの外壁を突き破る。直後、なだれ込んでくる氷点下二百度の高圧メタン。もうこうなってしまうとどうしようもない。ジグラートは爆破された潜水艦のように、もうもうと煙を上げながら沈み始める。つなぎとめていた巨大な鎖が次々と火花をともなってはじけ飛び、大きく傾くと、そのまま海王星の奥底へと静かに消えていった。


「ああっ! なにをやっとるんじゃぁ!」


 様子を見ていたレヴィアは真っ青になって頭を抱える。サーバー群が壊れてしまってはもう地球は破滅だ。大地や海だけでなく、動物も人も生きとし生けるものすべてがこの世から消滅してしまうのだ。


 うわぁぁぁ……。


 レヴィアはうなだれ、愛しき地球の終えんに涙を流す。


 しかし、戻ってきたオディールは何事もなかったように、ニコニコしながらレヴィアの肩を叩いた。


「ははは、レヴィちゃん、大丈夫だって。ほら」


 オディールは多くの人でにぎわうセントラルを映像に映し出して見せた。


「えっ!? なんで無事なんじゃ?」


「事前に別のジグラートに移転しておいたんだよ」


「へっ!? 地球の全データをあの短時間に移転? ど、どうやって……?」


 レヴィアは目を真ん丸にして驚き固まる。


 地球を構成するデータは、人も動物も街も合わせて天文学的な莫大な量である。それを転送しようとすればそれこそ何十年もかかってしまうくらいの量だった。ものの数分で何とかできる量ではない。でも、確かに圧壊、沈没してしまったジグラートのデータは他のジグラートに問題なく引き継がれ、セントラルには多くの人たちの笑顔が踊っていた。


「ふふっ、それは企業秘密ね」


 オディールは人差し指を立てて唇に当てると、嬉しそうに笑う。


「秘密って……、お主……」


 レヴィアは言葉を失ったまま静かに首を振った。

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